第3話 生首プール⑧
「…………っ」
少女は唇を嚙み、逡巡する。
「見せなければ殺す。3、2、1……」
その逡巡を見て、結は淡々と命令を繰り返し、タイムリミットすら設定する。人を脅すことを何とも思わない冷酷さと、殺すことの躊躇の無さ。
俺は結のその姿にゾッとすると同時に、狂おしい程の愛おしさを感じていた。
「み、見せますっ、からっ」
「なら早くしろ。こちらとしては、お前を殺してから鞄を開けてもいいんだぞ?」
明らかに俺やセリカと話す時の声とは違う、男のようなドスの効いた声。いつも穏やかで優しい結が嘘のよう。まるで今の結は、裏社会を生きる捕食者の顔でしかない。明らかに人を脅すことに“慣れ”ている。
「死ぬか?」
だめ押しとばかりに、結が少女へ一歩近づく。
「う、うぅぅ……っ」
少女は観念したように、スポーツバックを開け、その中身を結へと見せる。
「1、2、3。3つか。足りないな……いや、でも、丁度いいか。お前の首で4つだ」
結はそう嗤いながら言って、剣を振るい少女の首を――――
「やめろ、結」
俺は気付けば、結の手首を握っていた。
「なにするの、兄さん」
俺の目を見ないようにしながら、結は問う。
「3つあれば、ひとまずノルマの4分の3は達成できる。あと1つは、俺がさっき殺した安藤のを拾いに行けばいい。わざわざ殺す必要は無いさ」
「安藤の首がある保証なんてどこにもない。ここで確実に回収すべき。不確定要素に頼っている内では、何も成し得はしない。そういうのを甘ちゃんって言うの」
「ああ、分かってるさ。でも、やめろ」
「……論理的じゃ無い」
「結、俺の目を見ろ」
俺はそう言って、結の頬を手で掴む。結は唇を尖らせて、泣きそうな目で俺を見ていた。
「なに、するの」
「お前に手を汚して欲しくない」
「…………とっくに汚れてるよ、私は」
「どういう意味だ?」
「私は、ある人の下で悪事を働いていたことがある。だから、こういうのは慣れてる」
「なんでそんなことしてたんだ?」
「言いたくない」
「……まったく、ずっと優等生で反抗期もなく、誰よりも優秀なお前がそんなことしてたなんてな」
俺は困ったようにため息を吐き、頭を掻く。
「呆れた?」
「いーや、凄いと思ったよ。お前の闇は、凄いな」
「凄い? それは皮肉?」
「いや、そうじゃない。ただ、少し嬉しかった」
「う、嬉しい? 妹が人脅して、人殺そうとして、それが嬉しい?」
結が目を白黒させる。
「お前の闇を見られたことが、嬉しかった。完璧なペルソナを持つ人間の闇は深い。だが、お前はいつだって自分の闇を俺からひた隠しにしてきた。本音を言えば、少し寂しかったよ」
俺は仄暗い笑みを浮かべてしまう。
「やっぱり兄さんは、精神構造がおかしいね。あの人に、少しだけ似てる。だから、かもしれないね。一時でもあの人の元で働いてしまったのは」
結が悲しそうに、けれどどこか満たされたような顔で微笑う。
誰よりも完璧である筈の赤染アンリの快楽者としての堕落した顔、誰よりも孤高である花子の殺人鬼としての歪んだ顔、誰よりも高潔であろうとするセリカの被虐嗜好者としての顔、そして、誰よりも冷静であろうとする結の暴虐者としての顔。それは、俺の心を弾ませる。
人間の持つ表と裏。その二面性。その裏の部分に、俺はどうしても惹かれてしまうからだ。
「な、なんなのあなた達は……。ば、化け物みたい……」
少女は泣きそうな顔で恐れおののきながら、後ずさる。
「鞄は置いていけ。命は兄さんに免じて見逃してやる。散れ、薄汚いハイエナが」
即座に結がゴミを見るような目を少女へ向け、男口調で命令を下す。
「くっ……」
少女は悔しそうに唇を嚙み、鞄を置くと逃げていった。
「あーあ、逃げちゃった」
結は打って変わって、可愛らしい声で嘆いてみせる。
「これでセリカが壊れちゃったら、兄さんのせいだよ?」




