第3話 生首プール⑦
「……両方だ」
「兄さんはやっぱり、悪い人だね」
くすりと、結は微笑う。
「善悪の価値基準は、その時の社会の在り方、多数派の決定で決まる。今、この場は透によって支配され、その価値基準が塗り替えられている」
「だからって人を殺していい理由にはならないって、セリカなら言いそうだけど」
「その通りだ。セリカが正しい。どんな世の中、どんな社会、どんな多数派の決定であろうと、悪は悪だ。正当化することは許されない。だから俺は、これから悪を行う」
「凄いね、その強さ。私には無いモノだなぁ」
「結の冷静さは、俺には無い」
「私は多分、サイコパスなだけだよ。前頭葉がなんかおかしいのかも」
「サイコパスは自分をサイコパスとは言わないだろ」
「あれ、そっか。そうかもね。ふふ」
呑気に会話をしているように見えるが、全力疾走だ。それに、こんな会話でもしていないと、頭がおかしくなりそうだ。セリカの破滅を意識するだけで、リリーの狂気に飲み込まれそうになる。それを知った上で、結はこんな会話をしてくるのだろう。
「着いたか」
「ドア、閉まってるね」
俺たちはようやく、体育館前へ到着する。不気味なほど静まりかえっており、淀んだ雰囲気が流れている。そして、ドアの前に血だまりがある。中から、外へと……。
「結」
「ん?」
「……怖くは無いのか? いくら冷静な性格とはいえ、お前はこの状況に適応し過ぎている気がする」
結の、背中が遠い。こんなに遠かったか? こいつの背中は……。
確かに結は子供の頃から大人びているところはあったが、ここまでではなかった筈だ。
「…………」
結は静かに、じっと俺を見る。その目は俺を見ているようで、どこか遠くを見ているようだった。
「恐怖という心理状態に私が陥ることは、生涯ないよ。そういう風に、作り替えられたから。臨死体験を1120回繰り返すことによって、私は死と、そして恐怖を克服した」
昔を思い出すように目を細め、結は呟くように言う。
作り替えられた? 誰に? どうやって? 様々な疑問がわき出すが、結はドアを開け行ってしまう。
「結!」
「昔話をしている暇は無いよ。一刻も早く生首を回収しないと」
結の背中の、その先にあるもの。それは…………。
「地獄絵図、だな」
目眩がしそうな程の、強い血の臭い。頭がクラクラして、狂いそうになる。
首なし死体が、大量に転がっていた。生首は全て、ない。誰かが回収し、プールまで持って行っ――――
「…………」
目が、合う。
一人だけ、生きている人間がいた。短髪で童顔の、か弱そうな少女。
その少女は、スポーツバックを重そうに両手で持ち、小動物のように怯えた表情で俺たちを見ている。スポーツバックの底から、ポタポタと赤い液体が床に落ちていた。
「キルキルキルル」
結が剣を握り、即座に駆け出す。俺も慌てて、その背中を追いかける。
「ひっ!」
少女は悲鳴のようなものを上げ、勢いよく走り出す。少女からはイエロージェネシスがあふれ出す。
「逃がさないよ」
冷たい声で結が言うと、その両足にグレイジェネシスが集中する。スケートの如く、電光石火で結は少女の前に移動すると、何の感情も無い空洞のような瞳で見据えていた。
「まずは止まれ。止まらなければ殺す。鞄を置け、置かなければ殺す」
淡々と指示を出し、結は少女を威圧する。少女は蛇に睨まれた蛙のように硬直すると、指示通り鞄を置いた。
「鞄を開けて、中身を見せろ。見せなければ殺す」




