第1話 殺人カリキュラム①
「なあ、××」
「何? 零」
「××はどうして生き物を殺すんだ?」
夕刻。学校から帰った俺は、家には寄らず”この場所”に来ていた。近所の川辺の奥の方を進んだ、林の奥地。××はいつもこの場所で犬や猫を殺していると言っていた。
俺と出会ってからは、やってないとも言っていたけど。
「タノシイから? かな」
××はにっこりと微笑む。あまりにも無邪気な、女の子の笑顔。
「やっぱり、そっか。俺と同じだな」
「同じ?」
「ああ、俺も生き物を殺すのは好きだ。けど、理由を訊かれるとハッキリ答えられない。ただ、タノシイから、としか言えない」
「誰かにそんなこと訊かれたの?」
「ほら、前に××に話した、セリカっていう友達だよ」
「……セリカ」
「前にアイツに虫を殺してるところを見られたんだ。それで、もう二度とそんなことするなって言われてさ」
「それで、その女の子に言われたから零は言うとおりにするの?」
険のある言い方だ。少しムッとしながら、反論する。
「分からないんだよ。アイツに言われたら、何故か凄く悲しいというか、胸がギュってなるような、凄く嫌な気持ちになって」
「零はその子のことが、好きなんだ」
「嫌いだよ」
「嫌い? ならなんで言うこと聞くの?」
「嫌いなんだけど、アイツのことなんて大嫌いだけど、でも」
「……」
「何て言うか、逆らえないんだよ。反発する気が湧いてこない。すんなり、頷いちゃうっていうか。正しすぎるというか」
「正しすぎる……か。変なの。嫌いなのに」
「嫌いになれないから、嫌いなんだ。本当は、嫌いなのに」
嫌いになりたいのに。
「ねえ、零には特別。いいこと教えてあげる」
そう言って蠱惑的な笑みを浮かべ、××は顔を近づけて、俺の目を見つめてくる。女の子特有の、甘い匂いがした。けど、××からは同時に血の臭いもする。甘い、血のニオイ。
「そんな女、殺して埋めちゃえばいいんだよ。だって、邪魔じゃん」
「え?」
「簡単だよ。見て、周り。この辺りなんて、沢山犬の死体が埋まってるんだから」
「犬を殺すのと人を殺すのは、違うだろ」
「おんなじだよ。だって、”命は平等”なんだから」
そう言って××は微笑う。
「零がその女を殺した時、零は完成する。私と”同じ”になれる。だから、零。その女を――――」
「やめろっ!」
思わず飛び起きると同時に、スマホのアラームが鳴り響く。
額は汗でびっちょりだ。手の甲で拭い、ため息を吐く。昔の夢を見ていた。××の夢。俺と同じ衝動を持ち、俺と違う道を行った女。忘れていた。今まで、思い出すことすら無かった。小学生の頃の思い出。何故、今頃になって……。いや、忘れよう。今まで忘れていたんだ。もう一度忘れるくらい、訳の無いこと。
俺は気分転換がてら、真後ろのカーテンを思い切り横へ開いた。
「眩しい……」
日の光に思わず目を細める。そして、何となく下の方を見る。
「っ!?」
女が、いた。セーラー服を着た、女。電柱の横に立ち、蠱惑的な笑みを浮かべ、俺を見つめている。
「なんだ、おま――――」
俺が声を上げようとすると、いつの間にか女は消えていた。
トリハダが立つのを感じつつ、俺は気のせいだと思うことにして、カーテンを閉じた。