第2話 インモラル・エクスタシス⑮
「…………セリカ」
俺は安藤を警戒しつつ、セリカに声をかける。
「……先輩」
「俺は、俺が分からない。お前を大切にしたいと思うし、傷つけたいとも思ってしまう。俺はお前を幸せには出来ない。生粋のサディストで、業の深い人間だ。だが、このまま何もせずにいれば、確実に俺たちは骸骨に殺される。俺は自分を正当化するつもりはない。お前が、決めていい。もう一度、《監禁傀儡》を使い、骸骨と渡り合うか。このまま、潔く、死ぬか。俺は、お前の決断に従おう。お前となら、破滅も死も怖くはない」
「…………っ」
セリカは辛そうに唇を嚙み、泣きそうな顔で沈黙する。ああ、そうだな。狡かったよな、今の訊き方は。分かったよセリカ。俺は……お前に選ばせない。俺が選ぼう。王の素質があるお前でも、この選択はあまりにも荷が重いか。ならば、行こう。行くしか、ない。
たとえその道が、破滅へ続いているのだとしても。
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
セリカの首筋に手を当て、甘く絞める。そして、異能を発動。
「安藤ゾンビをもう一度、どんな手を使ってでも完膚なきまでにねじ伏せろ」
セリカを陵辱するように覆うスカーレットチェイン。迷いは死に直結する。捨てろ。迷いなど捨てろ。酔え、ただひたすらに酔え。狂気に、殺意に、身を委ねろ。
「あああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
セリカは絶叫する。善であろうとする彼女に、悪を強制するこの背徳。気が狂いそうだ。セリカの悲鳴を、絶叫を、苦悶の表情を見るだけで俺は、俺はっ。
「“こちら側”に近づいたね。そう来なくては」
骸骨が不敵に微笑み、両腕を広げ空を仰ぐ。
「ハハ、ハハハ! 愉しい、愉しいな! やはり透さんについてきて良かった! 《赤い羊》に入って良かった! 僕は、僕の人生は、こんなにも面白い!」
「確かに、コレは少し面白いわね。悪の要素を持つ男を好きなのに善であろうとする少女と、純粋な恋と異常性欲の間で葛藤する生粋のサディストのカップル。すぐに殺すのは、確かに惜しい。どんな風に成長するのか、見届けるのも一興かしらね」
いばら姫も眠そうな目だが、僅かに声が高揚している。
これが、《赤い羊》。人を殺すことを、壊すことを何とも思わず、面白ければ何でもいいという連中。狂っている。狂っているが、人間の知能は持っている。いや、下手したら人間以上の知能の高さかもしれない。それが、とてつもなく厄介だ。
「ググ、グギギギギギ」
安藤ゾンビが涎を垂らし、焦点の合わない目でセリカを犯しにやってくる。死者でも勃起はするのか、ズボン越しの股間が僅かに盛り上がっている。
「あれをもう一度、壊す。それが、私の役目。先輩の望み」
地面に落ちている吐き捨てられたガムを見るような目で安藤を見据えながら、セリカがぼんやりと呟く。
「仕事が終わったら、褒めてください。頭を撫でてください」
「あ、ああ」
「剣を貸して、先輩」
セリカにねだられるまま、俺は自らの剣を手渡す。
「さっきのようなヘマはしない。私の《盾》は何の役に立たない。なら、先輩の剣だけが私の命綱。先輩が、私を守ってくれる……。好き」
そう言ってセリカは俺の剣を大事そうに抱きしめる。
やけに、喋る。もっと、こう、催眠状態に近いのを想像していたんだが、まるで明確な自我を持つかのように、セリカはぶつぶつと呟きながら、ゆっくりと歩み出す。白きジェネシスを身に纏い、赤き剣を持つセリカはまるで神話に出てくる美しき死神のようだった。
「安藤ゾンビ君のジェネシスはブルーか。ブルーのAランクじゃスカーレットには届かない。となると、あまり面白くないか。いばら姫ちゃん、頼めるかい?」
「……仕方ないわね。ま、見物料ぐらい払っておくのが義理かしらねぇ」
いばら姫は眠そうな目のまま、安藤ゾンビを見据え、手を伸ばす。すると、手の先から紫色のジェネシスが溢れ、腕の形となる。まるで第三の腕だ。紫色の腕が、安藤ゾンビにそっと触れる。




