第2話 インモラル・エクスタシス⑭
「先輩……」
セリカが諦めたような、悲しそうな顔で俺を見つめる。
「セリカ、俺は…………」
俺は…………どうすればいい。
《監禁傀儡》を使えば、俺は間違いなくもう一度狂う。
あの異能は俺を壊す。そして、きっとセリカも壊すだろう。
使ってはならない。あの異能は、もう……。
ジェネシスを使い始めてから、俺は不安定だ。催眠も完全に解けている。
このまま行けば…………確実に、戻れなくなる。駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。その先に行ってはならない。引き返さなくてはならない。
だが、そんな俺の心情を見透かすかのように、あの異能を使うことを、骸骨は強制してくる。
「クク、苦しんでいるね。化け物と人間の彼我の距離でせめぎ合うというのは、なかなかどうして高度な一人プレイじゃないか。まだ若いのに、最近の高校生は進んでるね。僕ですらそのプレイは大人になってからだよ」
「黙ってろっ、クズ野郎」
「ハハ、さてどうするインディゴ君。選びたまえよ、何もせずに死ぬか、自らの狂気にもう一度身を委ねてみるか。インモラル・エクスタシスはすぐそこだ」
「……先輩。この男の言うことに耳を傾けては駄目」
沈黙していたセリカが、唇を開く。返り血を浴びて穢れたセリカだが、目はどこまでも真っ直ぐで、高潔な風格は未だ健在だった。折れない、か。この程度のことでは、折れないか。セリカのその強さにほっとすると同時に、もっともっと壊したいとも思ってしまう。
本当に俺は、どうしようもないヤツだ。
「誰かを殺してでも生きようなんて、間違ってる。こんな男の言うことを聞いては駄目」
「つまらない戯れ言。社会に出たことがない人間のセリフね。世の中、正しいことこそが間違いだったりするのに。何かを犠牲にしないと生きていけないのは、生物の基本でしょ」
いばら姫がセリカをせせら笑う。
「ま、いいや。この程度の判断すら下せない雑魚なら、花子ちゃんが執着するまでもない。この場で死ぬといい。さて、アンパンマンごっこでもしようか」
そう言って、骸骨は勢いよく安藤の生首を蹴り上げ、異能を発動する。
《死姦人形》――シカンニンギョウ――
ボゥ、と紫色に生首が不気味に輝き、首なし死体の断面に接着。そして、安藤の死体がゆっくりと起き上がる。
「僕のドールに命じる。白雪セリカを殺せ。なんなら、犯してもいい。その方が面白いからね、クク」
「…………お前、何をした」
「僕の異能は《死姦人形》。死者の魂を犯し、弄ぶ能力。対して君の異能は《監禁傀儡》。生者の魂を犯し、弄ぶ能力。クク、似ていると思わないか? そっと見ていたよ、君が愛しの彼女を人形として愛でているところを、ね。君が彼女を好きなように、僕も死体が好きなんだ。美しい死体に限るがね。安藤とか言ったっけ? この死体は駄目だな、醜い。良くて消耗品かな。僕のコレクションには相応しくないね」
「ぐ、ぐふぅ……」
安藤はギョロギョロと餓鬼のような目でセリカを見据え、大きく口を開け、舌を出し涎を垂らしながら、「キルキルキルルゥゥ」と唱え、ゆっくりと歩みを進める。
「うっ、おえっ」
さすがのセリカも死体が歩くのを目の当たりにして、今にも吐きそうだ。死体が歩き、自分を殺そうとしてくれば、仕方のないことだろう。生理的に。
――――やはりセリカは、俺が守ってやらないとなァァ。
心の深い深い部分から轟く、全てを嘲笑する声。俺は両足にジェネシスを集中させ、高速移動すると安藤から庇うようにセリカの前に立つ。
「おっと、君と安藤ゾンビの死体は戦っちゃ駄目だよ。だってこれは傀儡戦なんだから。君も人形を使え。もしルールを破れば、その場でセリカちゃんを安藤ゾンビにめちゃめちゃに犯させて殺すよ。それでもいいの?」




