第2話 インモラル・エクスタシス⑫
と、同時に。正気に返る。俺は今、何をした? セリカに何をさせた?
大好きな筈なのに、大切にしたいのに、俺はセリカを苦しませたいとも思ってしまう。それはあってはならない感情。だから、結に催眠で封じさせたのだ。俺のこの、どうにもしようがなく罪深く、業の深い悪逆的サディズムを……。
「あ、れ、私、何を、して……」
魔法が解ける時間だ。うつろな目に、光が戻る。《監禁傀儡》から醒めた目が、真っ直ぐに安藤の死体を見つめる。
「あ、ああ、ああああ……」
セリカは目を大きく開き、小さく悲鳴を上げる。
「わ、私、私、なんてことをして――――」
涙を目尻に為ながら、両手で自分の頭を抱え、ぶるぶると震えるセリカ。後ろから抱きしめて慰めてやろうと一瞬思ったが、それはあまりにも外道過ぎる。俺はただ、何も言わずに、じっと殺人を犯してしまったセリカを見つめていた。
「せ、先輩が、やらせたの?」
怯えるような、それでいて責めるような目で振り返り俺を見つめてくるセリカ。
「ああ、そうだよ、セリカ。俺が、お前に、やらせたんだ」
だから、全肯定してやった。くだらない嘘なんて吐かない。綺麗事を言うつもりも無い。セリカが殺人を犯すその姿に、俺は確かに魅入っていた。
「誰なの、あなたは……。こんな酷いことする人、私は知らない」
「ハハ、面白いこと言うなァ、セリカは。俺は百鬼零だよ。お前が好きな男だ。だから俺も、そうであろうと努力した。お前の理想を演じるために。だが、やはり無理だったな……俺はどこまでいっても、俺でしかなかった。お前の望むような男には、なれなかったな……」
ケラケラと笑う。
「…………っ」
俺の顔を見て、何故か傷ついたような顔で唇を嚙むセリカ。何故だ、何故そんな苦しそうな顔をする? 騙されていたと気付いたからか? だが、それすらもうどうでもいい。もう終わったことだ。セリカは俺を拒絶し、俺もそれを受け入れる。もともと、相反する存在だ。俺はどこまでも人として終わってる人間で、セリカはどこまでも人として完成してる人間だから。
「…………私、は」
セリカは何を思ったのか、俺から目を逸らし遠い目で何かを呟く。と、同時。
《自在転移》――ジザイテンイ――
渦状の紫色のジェネシスが、俺とセリカの間から発生する。ジェネシスから、二人の人間が突如として現れる。
「っ、お前、らは……っ」
「やあ、インディゴ君。と、ピュアホワイトちゃん」
「まったく、私の異能を便利屋みたいにほいほい使わせないで」
黒スーツ黒縁眼鏡の、穏やかな顔立ちの好青年と、その青年にお姫様抱っこされた、白いネグリジェの少女。男の方は、骸骨と呼ばれていた。そして女の方は、いばら姫。《赤い羊》の、殺人鬼。
「な、にを、しに来た?」
俺は動揺も露わに、警戒心をむき出しにして牽制してしまう。こいつらは、シャレにならない。目の前にいて分かる、精神を押しつぶされそうな、異常なまでのプレッシャー。
「まあ、そう警戒しないで。殺意はないよ」
男の方はにこやかに微笑む。腕の中の少女は、つまらなそうにセリカを一瞥していた。
「質問に答えろ。何をしに来た?」
「君は、さ。考えたことはないかな。たとえば、十年前にタイムスリップして、過去の自分に会えたらどうしよう、とか」
質問に答えず、骸骨は試すような笑みを浮かべ、小首を傾げてくる。やはり、一筋縄ではいかない。《赤い羊》は全員そうなのだろうと、直感せざるを得ない。




