第2話 インモラル・エクスタシス⑪
「私のは盾。剣が欲しい。貸して、先輩」
静かなセリカのおねだり。俺はセリカの右手に、自らの剣を手渡す。血のように赤い、スカーレットの剣を。
「ありがとう、先輩。好き」
「俺もだよ……セリカ」
うっとりと俺は呟く。俺のセリカに対するものは、恋愛感情と似ているようで、そうではない。自分ですら、分からない。俺はセリカをどうしたいのか。
――――ただ、壊れていくセリカをこの目で見て、この手で壊して、それから愛したい。
「愛してるよ、セリカ」
血のような剣をか細い両手で握りしめ、セリカからあふれ出すのは、純白のジェネシス。人を殺そうとしてなお、お前は純白なんだな……。
ああ、なんだろう。なんて、美しい。ずっと見ていたいが、穢したいとも思う。
二律背反の感情が、螺旋のように蠢く。だから、そう。俺はセリカに相応しくない。
「…………」
無言で、セリカは走り出す。安藤はセリカの目を見て、息を呑む。呑まれたのだ、セリカの圧倒的な殺意に。殺す。セリカの脳にあるのは、その行動のみだ。そのゴールに到達するまで、セリカの行動は止まらない。それが、俺の持つ異能、《監禁傀儡》だ。
「うお、うおお、来るな、来るなァァ!」
安藤は恐れるように、「キルキルキルル」と唱え、青き剣を振り回す。
《双剣遊戯》――ソウケンユウギ――
左手にも剣を召喚し、少しでもセリカを牽制するように必死に二刀を振り回す。
「キルキルキルル」
セリカは前屈みになり、左手に盾を召喚。安藤の一撃を止め――――
られない。
安藤の一撃は、セリカの盾をまるで空気のように貫通し、セリカの左肩が分断され、撥ねる。
「あ、れ?」
セリカの間抜けな声が響く。
俺の思考も、止まる。何が起きた?
セリカの白き盾が、防御の役割として機能していない。
そうだ。思い出す。赤染アンリを倒したあの時、セリカの異能《守護聖女》は、赤染の《百花繚乱》を“すり抜けた”のだ。なら、逆も想定できる。つまり、敵の攻撃がセリカのジェネシスをすり抜けるということも、想定できる。
セリカの異能が先に敵に当たれば、敵を無力化できるが、セリカの異能より先に敵の異能がこちらに直撃すれば、セリカの異能に意味が無くなる。あの時の赤染の勝利は、本当にマグレでしかない。勝利とすら言えない。セリカの迫力に、赤染が押し負けただけだ。
しかも、セリカの凶器化は剣では無く盾。それにその盾は防御の役割を果たさない。
それどころか、セリカの異能《守護聖女》は相手の異能とジェネシスを強制的に停止させるというだけの能力。殺傷能力が皆無。強いようで、弱い。
セリカは、恐らく……ジェノサイダーとして最弱も最弱。究極の弱者なのだと確信せざるを得ない。俺の護衛がなければ、一瞬で狩り尽くされて死ぬだけの羊。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
だ、が。
セリカは二つ目の異能を発動する。
セリカから白きジェネシスがあふれ出し、セリカの左肩の断面が強く光り輝き、むき出しの腕が現れる。再生の異能。
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
女神が安藤を包み込む。白きジェネシスの女神が安藤に直撃し、浄化するように輝く。
「これで終わり、だね」
セリカが微笑むと同時、振るわれる赤き剣。
ジェネシスを封じられた安藤は、呆然としたままその首が地面に転がる。
サァァァァアアアア――――
血の雨が降る。安藤の首の断面から噴水のようにあふれ出る、血。
セリカはぼんやりとした表情で、血の雨を浴び、両手を見つめていた。まるでおとぎ話のマッチ売りの少女のように、雪を見るような眼差しで血の雨を見つめている可愛いセリカ。
――――綺麗だ、とただ思った。




