第16話 White≒Clear㉒【透視点】
2周目の目はじっと僕を見据えている。
試しに指先をわずかに動かしてみると、2周目の目尻がぴくりと動いた。
ミリ単位の動きにも対応するつもりか……。凄まじい集中力。
正義による殺意の目でもなく、闇を踏み越えていく聖者の目でもない。
獲物を狩る貪欲な狩猟者の目に似ている。
ただ、花子とは違い物静かだ。狩猟者にも肉食獣のように追うタイプと、仕掛けて待つ蜘蛛のようなタイプがいるが、2周目は後者だろう。スナイパーのように気配と殺気を静かに抑え、目だけは不気味に僕の命を正確に捉えている。
2周目の所持能力は未知数。
2周目の余裕と自信の根源は、徹底した情報統制にある。
僕を出し抜く最も確実な方法は、所持する情報量で上回り続けること。
僕が能力を出し惜しむ癖があるように、2周目にもそれがある。
恐らく……2周目は僕の戦略的思考をトレースして進化した可能性が高い。
つまり、そこだけに的を絞りこめば、2周目の行動を“読める”かもしれない。
そこが隙になる……か?
盤面としては、ほぼ王手に近い状況。
本来なら投了してもおかしくない場面。
だが、まだ“とっておき”はある。
その切り札が自分自身の馬力ではないというのが、情けない話だが。
認めざるをえまい。
シラユキセリカは、現時点においてすら、この僕を凌駕しているのだと……。
2周目がタクトを横一文字に振るう。
《陣頭指揮》――ジントウシキ――
「指定、刃銃」
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
咄嗟にテレキネシスを発動。
レーザーを空間で受け止める……が。
殺気が薄い。“本命”は別か?
何より本命ではない根拠として確実なのは、シグマの軌道を描かず、真っすぐに僕へとレーザーが向かってきていること。
だとしたら、どこにその本命は――――
「……っ!?」
ふいに、僕が生成した黒い球が動いた。僕の意図しない動きで、僕に近づいてくる。
かつて4周目に言った言葉を思い出す。
《紆余曲折》を使うのが日常化すると、空間に異物があれば感覚で分かるさ。君は使い慣れていないから、その領域に達していないが……。
――――異物しか感知できないなら、異物ではない形で攻撃を紛れ込ませればいい。
つまりは、僕が生成した黒い球を乗っ取ればいい。
2周目がニヤりと唇を歪める。
罠にかかった獲物を嘲笑する狩猟者の顔。
《右往左往》――ウオウサオウ――
思考よりも早く、直感に切り替える。
咄嗟に玉と位置を交換し、そして――――
《虎視眈々》――コシタンタン――
黒い球が破裂、いや爆発する。
《前途多難》――ゼントタナン――
盾の能力を発動。かろうじて致命傷は避ける、が。
囮と見せかけて本命、か。
爆発に気を取られた一瞬のスキを突かれ、レーザーが僕を射抜く。
やはり2周目は僕とタイプが似ている……。
「《前途多難》封印。相殺指定、《遺志継承》」
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
僕に何もさせないなどという宣言を、本気で実現するつもりらしい。
――――残存能力は7つ。
奈落之底
紆余曲折
審判之剣
右往左往
閉鎖空間
冥府魔道
救世之盾
正直、心もとない。
2周目にはまだかなりの余裕があると見ていい。
戦術を変える、か。
《冥府魔道》解除。
漆黒の結界能力を解く。
これでジェットブラックジェネシスを無限にする効果は消滅する。
視界が晴れ、世界に色が戻っていく。
「……っ」
2周目が僅かに顔を歪めるのを僕は見逃さなかった。
そう、この能力ではジェットブラックジェネシスの2周目にもジェネシスが供給されてしまう。花子と僕も弱体化されてしまうデメリットもあるが、ジェネシスの総量で勝負するのであれば、まだこちらに分があるのではないだろうか。
所持能力というリソースでは僕が不利。
だが、ジェネシスの総量というリソースであれば、その限りではない。
能力数ではなく、ジェネシス総量の消耗戦に持ち込むほかない。我ながら無様ではあるが、シラユキセリカ相手ならば仕方ない。彼女からもたらされる苦痛は屈辱ではなく、誇りに思うべきだ。
確信までは持てないが、2周目は僕と違いジェネシスをフルスロットルで発動し続けている。枯渇まで持ち込めれば、討てる。
――――ただでは済まさない。シラユキセリカ。
たとえお前の命に届かずとも、お前から臓器の一つか二つかは、貰っていくぞ……。