第16話 White≒Clear⑲【白雪セリカ(4周目)視点】
「……」
「……」
透と視線がぶつかったまま、冷たい静寂が訪れる。
風がどこか冷たく、頬を撫でる。死を連想させる嫌な冷たさだ。
決着の時は近い。
ごくりと、喉を鳴らす。全身の肌が、ヒリヒリと緊張を訴える。
追い詰めているような、追い詰められているような、妙な感覚。
経験していないのに、何故か懐かしさを覚える。
周回のデジャブとも異なる感覚による郷愁。
これは精神というより、肉体に刻まれた感覚だろうか。
死闘特有の空気。
遠い昔、遺伝子に刻まれた。生存欲求と狩猟本能。殺意と恐怖のジレンマ。興奮と集中の狭間で過敏になる知覚と五感。無駄な意識を削られ、研ぎ澄まされていく戦闘感覚。
これが、バトルジャンキーと呼ばれる特異な人たちが中毒になる精神状態なのだろうか……。
ただし、それに呑まれるわけにはいかない。
生きる為に殺す。それが人間。
殺す為に生きる。それが殺人鬼。
似ているようで、全く違う。ここを間違えた時、人間は怪物になる。
私がFであり続ける為の、超えてはいけない壁だ。
残り能力は10個。正確には11。《救世之盾》で何の能力を所持しているかは分からないけど……。
「あ、あああ、ああああああああッッッ!」
3周目の悲鳴が背後から聞こえる。
黒い炎の向こう側は何も見えない。
代わりに、何かが焼ける強烈な臭い……。
肉が焼け焦げるような臭いが鼻孔をくすぐる。
(3周目、何が……)
《音信不通》――オンシンフツウ――
何らかの異能力が発動し、チャネリングが強制的に切断される。
それだけじゃない。あらゆる音が聞こえない。無音。
聴覚に干渉された?
これは経験がある。リリーの《五感奪取》による聴覚を奪われた時と全く同じ感覚。
誰の能力?
決まってる。透じゃないなら、花子しかいない。
でも今は《白雪之剣》を持っていない。
解除方法は……いや、ある。
《色即是空》――シキソクゼクウ――
存在を確定させる能力。無いを在るに変える能力。
私はこの能力で、封印済みの《白雪之剣》を具現化した。
イメージはある。手に握る柄の感覚、程よい重さ、青白く煌めく銀色の日本刀の刀身。
両手に《白雪之剣》を握り、具現化に成功する。
この《色即是空》という能力。
この力の本質は計り知れない。
この力があれば、所持していない能力すら発動できるのでは?
いや、それだけじゃない。
この能力の真価は、Gランクを具現化することにある。
なら、“どんなもの”でも具現化することは理論上可能ということ。
……でも。
音は聞こえないまま。
《白雪之剣》の生成に失敗した?
いや、恐らく違う。
花子の《音信不通》は自分を発生源とし、その範囲内の全ての音を消しているのでは?
であれば花子に《白雪之剣》をぶつけなければ解けない?
あるいは、《白雪之剣》を無効化するほどの能力なのか……。
いずれにせよ、花子は透とは違う方向性で怖い存在。
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
一瞬の油断。僅かなジェネシスの気配に反射的に剣を振るうと、私の《白雪之剣》が弾き飛ばされる。透の《審判之剣》も同じく砕け散る。
意識が花子へ逸れた僅かな私の意識の隙間を縫うようにして。
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
頭上から凄まじい重力が訪れ、片膝が地面に付く。
テレキネシスを重力操作のように使うのも、透の十八番だったのをいまさらになって思い出す。
「……」
透が何か呟いた。
油断したね、とでも言ったのだろうか。
《奈落之底》――ナラクノソコ――
突如、地面の感覚が消え、一瞬の浮遊感。
熱い。熱い熱い熱い熱い!
足が何かに焼かれ、痛みで頭がおかしくなる。
飲み込まれていく、落ちていく。
何かの穴に入り込んだらしい。そしてその穴には、底が無い。
全方位が黒き炎で満ちている。
これに取り込まれたら“終わり”だ。
何としても地上に戻らないといけない。
――――これはマズい。でも同時に、好機。
攻撃に集中している今の透なら、いけるかもしれない。
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
《全身全霊》――ゼンシンゼンレイ――
第三の腕を生成。
穴の外に腕を伸ばし、
《諸刃之剣》――モロハノツルギ――
剣を具現化し、握りしめる。
透の位置は覚えてる。
見えずとも、当てる!
私の第三の腕を、透目掛けて振り下ろした。