第16話 White≒Clear⑱【透視点】
……何故、心が軋む?
かつてない程に、訳も分からず僕の心がざわついている。
後悔するだと? この僕が。
たかが小娘一匹の命。何の躊躇も無い。
僕を掌握しようなどと、思い上がりも甚だしい。
そこまで言うならいいだろう……。
――――コロシテヤル。
明確な殺意の炎が、僕の胸を焦がす。
だがその瞬間……強烈な“デジャブ”に襲われる。
完全に、同じ場面。この見下ろすような角度、シラユキセリカの悲し気な表情、後悔するという宣告。経験したことが無いのに、朧げな記憶のようなノイズが一瞬視界に走る。
知っている……。僕はこの場面を知っている……?
だが、デジャブの正体は分からない。あるのは正体不明の激情だけ。
この、らしくもない激情こそ、彼女が指摘した核心。つまり、図星なのでは?
愚かな怒りと、冷めた自己批判が同居し、僅差で理性が勝つ。
シラユキセリカがいない世界。
この世界は繰り返されている。
もし仮に……この世界が“4”周目ではなかったとしたら?
シラユキセリカにとっての“4”周目が、本当に“4”かどうかは誰にも判らない。観測者の不在。
なら、僕がシラユキセリカを殺した後の世界も存在するのでは?
仮に僕がシラユキセリカを殺したとし、その後の世界はどうなる?
僕はどうする?
再び《赤い羊》の王として、この世界に殺戮を齎すか?
私を殺せば、あなたはこれから永久にまた孤独の中で彷徨い続けることになる。
あり得ない……。
あってはならない……。
いや、そもそもシラユキセリカが不在の世界では、世界を繰り返すこともできないだろう。愚かな仮定だ。存在しなければ、そもそも前提が成り立たな――――
――――僕は男には興味ないですが、透さんがそこまで重宝するなら全力でお支えしますよ。今後ともね。
唐突に。僕の腹心、恭しく頭を垂れる骸骨の顔が脳裏にちらつく。
そうだ。シラユキセリカが不在でも、世界は繰り返せる。
死体となったシラユキセリカを《冒涜生誕》すれば、可能性は残る。
だが能力も性格も未知数。そして生前とはかけ離れた人格となることは確定している。
蘇生後は全く別の生き物となっていることだろう。
それを0周目の僕がどう思い、扱うかも未知数。
そして、僕は僕を上回る可能性を愛する傾向がある。
百鬼零だったゼロが良い例だ。
あり得ない、とは言い切れない。
全ては想像でしかない。
――――プラマイゼロ地点。
オメガと結託し、構築した『運命の環』の始まりと終わりの場所。
それはシラユキセリカにとって目指す場所だと、ずっと思っていた。
だが……。それは飽くまでも“シラユキセリカにとって”の場所でしかない。
もし“僕にも”プラマイゼロ地点があったとしたら……?
――――それが、“一番最初に彼女を殺した世界”にあるとしたら……?
バカバカしい、と一蹴する。
くだらない妄想だ。
だが、何故か心臓は早鐘を打っており、息苦しさを覚える。
感情としてはあり得ないのに、ロジックだけは成立してしまう不気味さ。
あってはならない”0周目”、それを絶対に無いと断定することは誰にもできない。
僕は……いや、どちらにせよ、決着をつけるしか僕らに道は無い。
僕が破滅するか、君が破滅するか。
二つに一つ。
それ以外の道は、無いのだから。