第2話 インモラル・エクスタシス⑨
「ハ、相変わらず呑気だな百鬼。こんな時でも女とイチャついてんのかよ」
セリカをゆっくりと降ろすと、背後から男の声が響く。目を細め、振り返るとそこには安藤が立っていた。
「…………っ」
俺の目を見て、何故か安藤が息を呑み怯む。
「どうした? 来ないのか?」
端的に、問う。俺に敵意があるのなら、声などかけるべきではなかった。
――――俺が安藤なら声などかけず、気配を殺しながらジェネシスを凶器化し、投擲。まずは女の両足をその投擲で的確に切断し、対象を動揺させたのち、「女を置いていけばお前の命は見逃す」と心理的に揺さぶりをかけ、背中を見せたところをもう一度剣を投擲して首を撥ね、その後に女を殺す。背中を見せなければ、《監禁傀儡》を使って、女と男を殺し合わせ、隙を見て二人とも俺が殺す。
ここまでのシミュレーション、僅か一秒。
――――ああ、やはり俺はセリカに相応しくないな。
苦々しい笑みを浮かべながら、俺はセリカを庇うように前に立つ。
「セリカとイチャついてたのは、ちょっとした現実逃避だ。その弱さは認めよう。だが、お前が俺たちを揶揄出来るほど、覚悟が足りているとは到底思えない。大好きな渡辺先生をあんな風にオモチャにされて殺された挙げ句、俺の代わりに死んでくれ! だもんな」
せせら笑いながら安藤を挑発する。感情的になり冷静な判断ができなくなったところを、確実に殺そう。
「せ、先輩……それはいくらなんでも」
「お前は黙ってろ、セリカ。ノルマを達成する為には、確実にここで一人殺しておくべきだからな。お前ではノルマが達成できないことは、さっきの赤染戦でよく分かった。お前に、人は殺せない。なら、俺が殺す。それだけの話だ」
《赤い羊》の奴等が提示した生き残り条件。四人の人間を殺害し、その生首をプールへと運ぶこと。赤染戦でセリカは確かに赤染に勝利したが、殺害できなかった以上、セリカのノルマ達成は絶望的。俺が、セリカの分まで確実に殺さなくてはならない。
生首一つの持参につき、殺人回数を一回とルール上カウントし、百万円を進呈しましょう。
透の言葉が正しければ、殺人をする必要は無い。飽くまで、生首を回収しプールに運ぶだけで、それは殺人としてカウントされる。その解釈から導き出される答えとして、殺人行為ではなく回収行為にこそ行動の主軸を置くべき。だとすれば、セリカの分まで俺が殺し、それを運ばせれば目的達成と呼ぶことは可能だ。
「で、でも……。あいつらが提示した条件を、そのまま呑むの? 他に何か方法が――――」
「あるだろう、な。だが、俺は安全な方を取りたい。お前に、万が一のことすら、あってはならないから……」
「渡辺を、馬鹿に、しやがったか、テメェ……」
血走った目で俺を睨み、安藤が歩みを進めてくる。……来るか。
「キルキルキルル」
「キルキルキルル」
お互いに剣を構える。安藤からあふれ出すのは青きジェネシス。ブルーだ。対して俺のジェネシスはインディゴ。
「お前は俺が殺す」
「真っ直ぐ過ぎる感情だな。それでは俺に勝てない」
俺は哀れむように安藤を見下し、ゴミを見るような目で見てしまう。感情に支配される者は総じて破滅する。感情とは支配するモノだ。自分自身のモノも、他者のモノも。それが出来ない者は、どんな者であろうと愚者でしかない。




