第16話 White≒Clear⑰【透視点】
「シラユキセリカ。何故、お前のような人間がこの世に存在する……。不可解だ」
僕はシラユキセリカを見下ろしながら言う。
先ほどの攻防、実はかなり際どかった。
まさか僕の能力をあそこまで使いこなし、追い詰めてくるとはね。
防御も回避も捨てて、相手の治癒能力に頼らざるを得なかったという失態。無様を晒すことになった。これほどの屈辱、今までもそしてこれからも、経験することは無いだろうな……。
忸怩たる思いだ。
3発による弾丸と《諸刃之剣》のダブルバインドの絡め手も美しい程にエグい。
2発しかないと錯覚させる心理誘導も不発にこそ終わったが、今後の成長を考えると背筋に寒いものが走る。シラユキセリカは成長し続ける。まだ“完成”していないのに、これほどの力を使うようになった。
数々の殺人鬼を育ててきたが、ここまで“僕に近い”存在はシラユキセリカしかいない。
――――最高傑作、なのか?
1周目と相対した時点で、予感はあった。
底無しの化け物。僕相手に“手心”を加え、殺さずに泳がすという決断。
だが強くなり過ぎたからこその失敗作。
SSS化した花子に重なる部分があるのかもしれないね。
2周目は驕りが目立ち、3周目は脆さが際立つ。
そして4周目。未だにその本質は掴み切れないが、敢えて言うならば、進化の権化。
1~3周目にも進化への執念はあるのだろうが、それら全てが“失敗”したからこそ、ダウングレードし続け、進化の方向性を修正していくという狂気の執念。
全てはGランクへと至る為……か。
「何がそこまで君を駆り立てるんだい?」
……何よりも異常なのは、僕への憎悪や殺意で狂わずに、白きジェネシスを維持していること。
「……さぁ、ね。言葉にするのは簡単かもしれないけど、言葉にした途端、嘘になるような気もする。記憶は無いけど、私は決めたんだと思う。Gランクを、信じることを」
「……信じることを、決める……だと?」
信じたいでもなく、ただ願うのでもなく、信じることを決める……。
悍ましいな。茶化す気も湧いてこない。
いや、だが。これが、これこそが……殺人鬼と対を為す存在なのだろうか。
「透。悪知恵が働くところは化け物級だけど……」
そう前置きし、シラユキセリカは再び唇を開く。
「改めて、もう一度言うよ。私と来て。Gランクの実現にはあなたの力も必要。私はあまり頭が良くないけど、透なら私を通してGランクを見ることができると思う」
「……この期に及んでまだ、飽くまでも僕を人間扱いするのかい?」
「透は、人間だよ」
そう、シラユキセリカは真っすぐに僕を見てそう言った。
「あなたほどの人なら、2周目の時点で私たちを完膚なきまでに殺し切れたはず。あなたは私を殺すことを、躊躇っているのでは?」
「……」
「あなたは残酷な人だから、理由も無く殺人を躊躇することはない。そして簡単に人間を特別扱いもしない。殺すか殺さないかの選別は常にシビア。ましてや私はFランク。なら、私を殺すことを躊躇する“理由”が必ずある筈。私を殺すことで失われてしまう可能性。それはGランクしかない」
「僕が無意識に、Gランクを望んでいるとでも言うつもりか?」
「透が本当に望んでいることが何なのか、それは私にも分からない。でもあなたは救いを求めて《赤い羊》を作ったことは確かだと思う。あなたは一人で完全で、完成している。あなたは未完の存在を追い求めている。でも《赤い羊》であなたは満たされなかった」
「……満たされなかった? 何を根拠に……」
「リリーを失っても、ヒコ助を失っても、あなたは何も思わない。花子の自我を崩壊させても、あなたは……何も思わない。どれだけ愛情を注ぐふりをしても、本当の意味では愛していないから、死んでも、壊れても、何とも思わない。テレビ画面の向こう側の戦争と同じように」
「……」
「私を……殺せるの? 透。私を殺せば、あなたはこれから永久にまた孤独の中で彷徨い続けることになる。あなたを理解できる人間は、もう二度と、この先現れないかもしれないのに」
「……何をいまさら。何も迷いなど無い。僕は……君を殺す」
「……分かった。本当にいいんだね?」
「くどい。最初に言った筈だ。この戦いは、どちらかが破滅するまでやろう……とね」
「忠告はしたよ、透。それがあなたの選択なら、私もそれに報いようと思う」
シラユキセリカは悲しげに目を伏せ、それから静かにジェネシスを身に纏う。
――――やはり4周目が一番危険だ。
1周目はジェネシスこそ脅威だが、僕を上回る化け物としての安心感がある。
だが4周目、こいつは僕を……不安にさせる。
不安……?
まるで人間のような感情。
心に亀裂が入るような、嫌な感触を覚えながら、僕はそれを押し殺し、4周目を睨みつけた。