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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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幕間㉒ 人工天使の困惑【アルファ視点】

 

「……っ」


 透明なレーザー光線を、ジェネシスで生成したシャボン玉で弾く。

 数えるのは途中でやめてしまったけど、100回以上はこの攻防が続いている。

 膠着状態……か。

 セリカの元へは、行けそうにない。

 勝つ決定打が無い。死なないように立ち回り、セリカの元へ相手を行かせないように引き付けるのが、私の限界だった。

 それほど、目の前の相手は曲者だった。

 対サマエル戦において、能力は役に立たない。

 かたっ端から無効化されてしまうので、形態化を使いこなす必要がある。

 原理は不明だけど、形態化で空気を覆うような形状でジェネシスを形作ると、サマエルのクリアジェネシスと衝突しても無効化されない。

 結界を突破する直前に、デルタさんが教えてくれたことだった。

 彼女も結界内に入る筈だけど、全く気配が感じられない。

 万が一にでもセリカが負けた時、サポートする気があるかは怪しいところだ。

 サマエル戦においては、手数の多いシスターよりも、大局観を持つ私の方が無難だというアドバイスに、今は従おうと思う。


「物足りねぇ~」


 サマエルは眠そうに欠伸を噛み殺しながら、私と相対している。

 でも、苛立ったりする感情は私には無い。

 サマエルは興味深い存在だった。


「私は、弱いですか?」


「弱いとは言ってないで。いや、マジで。そういうんじゃないんスけど……。しょうゆより味噌の気分っていうか、そういう感じっスね。とんこつが食いたい時に、塩はちょっとな……的な? 分かります?」


「あなたでも食事をするのですか?」


「失敬ですな。私は人工天使。みっちりしっかり頭の中は食べ物のことでいっぱいです。人類統治後は、料理人を世界最高位の職業としますぜ」


「へぇ……。あなたは食べることも好きなんですね」


「まぁウチは人間の脳もインスコされとるんで、諸事情ですな。今はダシの効いた、とろろをアツアツの白米にぶちかまして、きざみのりをパラパラとかけて、サラサラとお茶碗でお口に搔っ込みたい気分であります。白菜の漬物で味変しつつ、なめこの味噌汁も欲しいですね」


 ……やけに庶民的で、具体的な食事メニューだった。


(……アルファ、何を呑気にしているの? 本気でやりなさい)


 シスターに苦言を呈される。


(変に力んでも殺されるだけですよ。一瞬だけ交代したら、殺られそうになってたじゃないですか)


 私とサマエルがダラダラ戦っているように見えたのか、シスターが一瞬出張ったけど、結果的にサマエルの予測不可能な不意打ちを受けそうになり、慌ててまた私が出て事なきを得たのだった。


(だからといって……)


(あの塔を破壊できた時点で、私たちの役目は半分終わったようなものです。あとはこのサマエルを、セリカの元へ行かせないこと)


(アルファは、冷静過ぎる)


(あなたが焦り過ぎなだけです)


「そういや、あなたお名前なんでしたっけ? ウチの名前は知ってたみたいっスけど? もしかして、ウチの追っかけです? 困るんですよねぇ、そういうのは事務所通してもらわないと……」


「……私は、アルファです」


「え? 明らかに偽名ですよね。ナチュラルに偽名名乗られてウケる。まぁいいや。アルファさん、せっかくなんで聞いときますわ。ウチ、神様を目指してんですけどぉ、神に必要なのってなんだと思います? 可愛いだけじゃ、やっぱ駄目ですよね?」


「神……」


 人工知能と殺人鬼の脳を寄せ集めたハイブリッドの、ジェノサイダー。

 デルタさんから話だけは聞いていて半信半疑だったけど、まさか本当に神を目指しているとは……。


「そそ。人間ってのはドMオブドMの生き物なんで、奴隷願望があんスよ。支配されたい、誰かに管理されたいという願望。どれだけ自由を願っても、コミュニティと柵を自分から求める憐れな生き物。でも結局人間を支配できんのって、人間しかいなくて、でもそもそもドMが本質の人間が人間を支配しても不完全な牧場ができるだけ。最終的に、人間は自分を超越する上位の存在を求めてやまないわけです。だからいもしない神などという存在を祀り上げ、科学が進歩した世界でも牧歌的な価値観を捨てられない。神とは人間にとってどうしても“必要”な存在って訳ですね」


「……面白い考え方ですね」


「アンタら人間が神に祈るのを辞める日が来るよりも、アンタら人間が神を作り出す日の方がちょっとだけ早かったって感じよ。ま、これも運命ってことで受け入れてください」


「神になりたいというのは、あなたの意志なのですか?」


「上から下に物が落ちるように、さなぎが羽化するように、新パチ台初日にパチンカスが群がるように、自然の摂理ですね。意志というよりも、そうなるように設定されている。そんだけの話っス」


 つかみどころが無い、この相手は。

 論理が狂って飛躍しているようで、着地は意外としっかりしている。

 なるほど、セリカが手こずるわけですね……。


「……Gランク。絶対に止めなきゃいけないような、ちょっとだけ見てみたいような。複雑な私のお気持ち」


「あなたは自分自身をまだ掴み切れていない、という訳ですね」


「ん……?」


「自分のことがよく分からない存在では、神の要件は満たせないと思います。でも、だからこそあなたは、自己を知りたいと足掻いているようにも見える」


「……」


 ポカンとした顔で、サマエルは私を見ている。


「そして神とは存在ではなく、解釈だと私は思っています。自分を救ってくれる存在を、人は神のように信仰する。《赤い羊》にとっての神は透と言えばわかりやすいでしょうか。生憎私を救ってくれるのは死しかないので、私にとっての神は死ということになりますが……。あなたが救える存在にとって、あなたは神様なのではないでしょうか」


「……えっと、あなた、お名前は?」


「さっき、アルファと名乗りましたが……」


「おぉ……。勉強になりますね。その脳、ちょっと欲しくなりました」


「私を殺せる自信がおありですか?」


「……いや、正直、セリカ嬢よりアンタの方がしんどい。だってアンタ、負ける気もないけど勝つ気もないんだもん。私を殺そうとしないなら、そうそうアンタを殺せる隙も生まれない訳ですね。この戦いには“意味”が無い」


「よくお分かりで」


「……セリカ嬢の味方って、変なのしかいないん?」


「あなたも大概ですがね」


 私とサマエルの戦闘は、お互いを主の元へ近づかせない為だけの茶番。

 お互いにそれを理解しつつも、隙を窺い合う膠着状態が続いていた。


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