第16話 White≒Clear⑯【白雪セリカ(4周目)視点】
バキ、という刃が割れる音。
私の握る《審判之剣》が透が操る《諸刃之剣》の刀身の勢いに耐えきれなくなってきている。この一撃を耐えきれなければ、私のGランクプランは潰える。
私と透のジェネシスは拮抗していたわけではなかった。透がそう、私に誤認させていただけ。ここぞという時に私の誤認を利用し、突破する切り札にする為に。
この男はいつもそう。能力以外のカードをいくつも隠そうとする。過去の私達に自分の能力の全てを見せなかったこともそう。誰にも心を開かず、誰にも何も明かさない。そのくせ他人の深層心理には土足で踏み込んで操ろうとしてくる。嫌な男だ。そして怪物……。
透。覚悟はしていた。どれだけ食らいついても、この男はなお私の上を行く。
《審判之剣》が、粉々に砕け散る。
透の全力のジェネシスを、受け止めきれなかったのだ。
目前に迫るのは、黒。
《審判之剣》を再発動しても、既に突破された状態では、受け止めきれない。間に合わない。
いつもの絶望だ。
慣れ親しんだ絶望の味はしかし、私の頭をやけに冷静にさせるだけだった。
《諸刃之剣》から迸る漆黒のジェネシスの禍々しさは、かつてのマザーを彷彿とさせる。
――――私を倒した褒美に、一つだけ良いことを教えて差し上げましょう。ジェネシスを消耗する量が多いもの、代償がある異能力は他とは違う特別な異能力です。単純な効果しかないことはまずあり得ない。あなたがGランクを目指すのであれば、その力を使う他、道は無いと思います。
マザーの遺言。
あの時はピンと来なかった。
けど、今なら分かる。
Gランクに必要なのは、“この能力”だ。これしかない。
すり抜ける物を、すり抜けなくする能力。
ではない。
この能力の本質。それは――――
《色即是空》――シキソクゼクウ――
《審判之剣》は再びこの世界に具現化する。
私はぼんやりと光りながら実像をこの世に結び始めるそれを、掴みながら再び切り伏せる。
耳をつんざく剣戟の音とともに、透の《諸刃之剣》を受け止める。止め切った。
「とうとう、自分自身の“本質”に気付いたようだね、シラユキセリカ」
「……私のこの能力。《色即是空》は……」
私と、透の言葉が重なる。
「「――――存在を確定させる能力」」
震えそうになる。
私は既に、Gランクへの切符を掴んでいたのだ。
「あやふやなイメージを、現実に固定し、定着させ、強制的に世界に存在させる能力」
存在させる。
独特な言い回しだけど、言い得て妙だ。透らしい、表現……。
すり抜けるというのは、イメージだった。
すり抜けなくさせるというのは、現実への固定化。
《色即是空》の本当の力とは、“無い”を“在る”に変える能力。
……私はこの能力を、使いこなせていなかった。
「お前の曖昧なGランクなどという夢幻を、手探りの状態でそれでもなお渇望し、足掻く為の能力。答えが見つからなくてもイメージさえつかめれば、実現可能。それがお前の希望という名の欲望。その為の能力。《色即是空》」
「この能力があれば……」
――――Gランクを現実に存在させることが、可能となる。
「……でも」
それだけじゃ不完全だ。
Gランクの答えではなく、Gランクになる為の過程が分かっただけ。
3周目も、2周目も、結も、《色即是空》の本質には気付いていた筈。
それでも敢えて情報を伏せて透にぶつけたのは、この答えだけでは“足りない”から。
透なら、知っているのだろうか。この答えの続きを。
今度はこっちの番。
この攻撃には、かつてない程の自信があった。過信ではなく、透を取れるという確たる手応え。見破られてなお、この攻撃を全て避けることは不可避。
私はいくつかは躱される前提で、三つの弾丸を不規則に透の方へ走らせた。
全てがフェイクで、全てが本命の3撃。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
《多重展開》――タジュウテンカイ――
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
しかし、あろうことか。
不可解にも上方向に《聖女抱擁》を透は発動。
直後、《聖女抱擁》は何かに操られるように透のいる下方へ向かっていく。
透は回避動作を一切取ることなく、位置交換すらせず、全ての弾丸にその身体を貫かれた。
あた……った?
「…………?」
あまりにもあっけない。拍子抜けにも程がある。
不可解過ぎる透の行動を凝視することしかできない。
けど、透がこれで終わるわけが無かった。
時間差で、透の身体に《聖女抱擁》が入り込み、身体が完全再生する。
やられた。
私の回復の能力を使い、ジェネシスを取り戻した。
自分が能力を失う前提で、タイムラグを作る為にテレキネシスを発動したのだ。
ジェネシスを失う直前で発動し、《聖女抱擁》の向きを修正し、弾丸を食らった後、《聖女抱擁》を受けることでジェネシスを取り戻した。
この一瞬で、なんて機転。緻密で大胆に、洗練されたプロセス。
私の能力と、自分の能力を組み合わせて、敢えて全弾命中を受けて立つなんて……狂ってる。この男は、私が致命傷を与えて即死させないことも計算している。
「……化け物」
「お互いにね」
私のジト目を真顔で受け流し、透が空へ浮かんでいくと同時に。
スローモーションの世界が終わり、私達を繋ぐ《二人三脚》の鎖が弾けた。
2周目が能力を解除したのだろう。
この攻撃で仕留めきれなかった……っ。
忸怩たる思いに、唇を噛む。
だが意外にも、透も私と似たような表情をしていた。
「いい加減、そろそろ死ねよ。化け物が。君のせいで、白は僕の嫌いな色になった」
「……透のトラウマになれるなんて、光栄だね」
私達はジェネシスを熱く巻き散らしながら、静かに睨み合った。