第2話 インモラル・エクスタシス⑧
「私だけに何かを隠すのは、やめて。凄く、気分が悪い」
「あ、ああ。悪かったよ。これからは気をつける」
「催眠なんて、しなくていいから。私の前で、無理しないで」
「お、おう……」
説き伏せられてしまった。普段のセリカはもう少し弱々しい筈なんだが、な。思わず苦笑してしまう。
「な、何笑ってるの、もう」
セリカは頬を膨らませる。その姿が、たまらなく愛おしい。思わずセリカの唇を指先で触れ、優しくなぞる。
「な、何するの?」
おずおずと見上げてくる、セリカ。
「何も心配するな。お前は俺のものだし、俺はお前のものだ」
「………先輩」
セリカの目が、僅かに潤む。儚げに俺を見つめてくる。
「……好き」
うわ言のように、セリカが呟く。
その瞳は俺だけしか映していない。
完全な不意打ちだ。参ったな、これは。
セリカが告白して来た日を思い出す。そういえば、あの時もこんな感じだった。
「そういえば先輩。バレンタインデー、チョコレート貰えた?」
ある日のこと。学校の帰り道、セリカはいたずらっ子のように声をかけてきた。
「あー、結から一つ貰ったよ」
「結かぁ。先を越されたな」
悔しそうにセリカは言うと、「はい!」と突き放すような感じで小包を一つ渡してくる。赤いリボンがついたカワイイやつだ。
「あ、ありがとう」
「毎年あげてるんだから、今年もあげるよ」
照れくさそうに、目を合わせないようにしながら、セリカは言う。この頃から、俺はセリカが好きだった。でも、気持ちを伝える気は無かった。セリカは俺に相応しくない。俺が、セリカに相応しくない。
「……そ、それで、さ。先輩は」
セリカはまたも、目を合わせないようにしながら、言葉を選ぶように、慎重に唇を開く。
「?」
「好きな人とか、いるのかなって」
「…………いるよ」
お前が好きだよ、セリカ。
手を伸ばせば届く距離にセリカはいる。
だが、俺は気持ちを伝える気は無い。だって俺はセリカに相応しくないから。
セリカを、怖がらせてしまうから。
俺はあの日、セリカ、を守る、た、め、に。
そこで、記憶にノイズが走る。駄目だ、どうしても思い出せない。
だが、俺はセリカに相応しくない。それだけは分かる。
何故だろう。理由が分からないのに、まるで何かに縛られるかのように、何も考えられなくなる。自分の意志の筈なのに、自分の意志じゃないような――――
「い、る、の?」
セリカは泣きそうな顔で、俺を見つめる。
「なん、で、そんなこと、訊くんだよ」
「だ、だって……」
セリカは泣きそうな顔で、くしゃくしゃになった顔で、唇を嚙む。
「好き……だから」
呟くように言って、セリカは顔を上げ、俺を真っ直ぐに見つめる。
ああ、そうだ。いつだってこいつは真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて、誰にも止められないんだ。
「先輩のことが、好きだから!」
「先輩?」
セリカが心配そうに俺を見上げる。遠いあの日のことを思い出していた。
「俺もだよ、セリカ」
そう微睡むように言って、俺はゆっくりと地面へと下降する。
恋愛感情は、とても不可解だ。憎悪や悲しみ、義務感や虚無感などは簡単に理解できるし、よく心になじむ。だが、恋愛感情だけはなじまない。自分が確かに相手を好きだという確信はあるのに、嘘のように醒めていることがある。永続性や連続性がないのだ。途切れ途切れの楽譜のように、まるでリズムがない。心臓を締め上げるようなトキメキと、まるで夢を他人事のように見ているリアリティの無さ。それが、混在している。
俺が自らの感情に戸惑っていても、いつの間にか俺たちは地面に着地していた。この辺りは、中庭だな。体育館からは、出られたが……。
そうして、思い出す。ああ、そうだ。問題は何も解決していない。結とも、合流しなくては。そして。
――――俺とセリカで、8人の人間を殺害し、その生首をプールまで運ばなくてはならない。




