第16話 White≒Clear②【透視点】
黒き剣の一撃は止められた。
――――名前はまだ無いかな。
そう語る少は悠然と微笑み、黒きジェネシスを身に纏っている。
シラユキセリカの最後の切り札、“一周目”か。
《生殺与奪》――セイサツヨダツ――
《有耶無耶》――ウヤムヤ――
黒き霧のようなジェネシスが1周目を起点として発露。それに僕のジェネシスが上書きされていく。
僕の即死能力は何らかの能力によって妨害される。
たった一度の攻防で確信せざるを得ない。
目の前の存在は、人外の領域に達している。
ジェネシスの濃度、呑まれるような底無しの殺気、静かな狂気。
殺人鬼を育成してきた僕だからこそ、理解できてしまう。
目の前の存在は、“僕以上”だと……。
《死屍再生》――シシサイセイ――
直前、両腕ではなく首を斬り落としておくべきだった。
捨て身のシラユキセリカが回避行動を取り、一撃がブレて脳にダメージを与えるリスクを恐れ、頭部への一撃を避けてしまった。
たった一つの、ケアレスミス。
眼前には究極の黒、1周目。
背後には蘇生した2周目と、僕の勝ち筋を叩き潰した3周目。
サマエルは謎の闖入者の相手で、戦力にはならない。
これは、セリカ包囲網とでもいえばいいか。
“本体”である4周目を殺せば一気にひっくり返せるが、今目の前にいるのは規格外の1周目。
打つ手なし……か?
これほどの苦境は未だかつて経験したことが無い。
一手一手を丁寧に積み上げても、執念で牙城を崩され、一瞬のミスで全てを覆される。
「まさしく天敵だね、君は……。僕の」
能力を使うか迷ったが、目の前の存在はそういう次元ではない。
まだいくつか手は隠してはいたが、途端に馬鹿らしくなる。
目の前の途方もない存在を見て、努力も、策も、才能も、全てが無駄だと思える。
「酷いリアクション」
「……?」
「私と相対する人はみんなそう。殺されると思って、死を甘んじて受け入れようとするの。酷いと思わない?」
にこりと、1周目は微笑う。
その笑顔は邪気が無いのにどこか不気味だ。
殺気は無い。隙だらけ。
なのに、殺せる気がしない……。
今まで見てきたどんな人間とも違う、歪さ。
「僕を殺さないのかい?」
「それは私が決めることじゃないから」
《満天星夜》――マンテンセイヤ――
空に星々が煌めく。
そして1周目から白きジェネシスが湧き出していく。
ジェネシス回復の能力を2周目が発動したのか。
「何かを死ぬほど憎んだり、殺したり殺されたり、期待したり裏切られたり。あなたもそういうくだらない柵から抜け出せると、いいね」
1周目はそう言い残すと、すぅ、と気配が消えていく。
代わりに、白きジェネシスをゆらゆらと身体から発しながら、元のシラユキセリカが目を開き、僕をじっと見据える。
「――――“終わり”にしよう、透」
そう、シラユキセリカは言った。