幕間㉑ 人工天使の約束【透視点】
二人のシラユキセリカが僕を置き去りに死、駆け抜けていく。
確かに、この隙を逃す手は無いか。けど、変化はそれだけではなかった。
バリン、と空から音が響く。
黒き空が裂かれ、その内側から白き光が漏れる。
両翼は眩き白。かつてのシラユキセリカと同じピュアホワイトジェネシス。
その少女は清廉潔白で純粋で慈愛に満ちているように見えるのに、何故か《赤い羊》と似ているような気もする。慈悲と残酷。その二面性を両立させ、結界を突破してきた化け物。チャチな言葉だが、死神……という言葉が頭をよぎった。
「……突破された、だと。それに、この気配……」
《冥府魔道》は超高濃度のジェットブラックジェネシスを二層に貼った結界の能力。これを突破できそうな者は僕の知る限り、ゼロ、オメガ、シラユキセリカぐらいだが……。
「サマエル、君の望みはシラユキセリカの脳だったね」
そう、不可解な行動をサマエルは取るが、シラユキセリカを殺すなとは一言も言っていない。つまり完全な妨害ではない、ということ。詳しい事情をヒアリングする暇はないが、交渉する余地はあるということ。
……だが、サマエルのこの不可解な行動にシラユキセリカが関わっていることは間違いない。やはり規格外……か、あの少女は。
「……ほぇ? まぁ、はい。べつにそれでいいっすよ、ウチは~」
ギャルのような口調で、サマエルは呑気に返してくる。
「ひとまず休戦といこう。シラユキセリカは確実に殺すが、脳はくれてやる。だからお前は“アレ”を何とかしろ。絶対に僕に近づけるな。イエスかノーかで答えろ」
僕は黒き空に蔓延る異物、新たなる白を指差す。
「いえす、ですわ。へへ」
「……流石に疲れたよ、僕も。これ以上、面倒ごとはごめんだ。できれば、アレは殺しておいて欲しい。白はもう、見るだけで辟易する」
「脳は回収するかもっすけど、まぁ、殺せってんなら殺しときやす」
「じゃあ、僕はもう行くよ。シラユキセリカと決着を付けに行く」
「トオルさん、最後に一ついいっすか?」
「……?」
「私は天使であり、人間の道具ではありません。なので、約束を破ったらブチ殺します。あなたを。それだけはお忘れなきよう……。いいですね?」
サマエルはガラス玉のような目で無機質に微笑んでそう言い捨てる。まるで人間のように、感情を押し殺したような声色だった。
そしてサマエルは、僕に背を向け新たな敵の元へと羽ばたいていく。
あの冷酷無比で、計算高い、いばら姫が作ったとは思えない。
……シラユキセリカ、お前の影響か?
込みあがるこの感情は恐れか、嫌悪か、あるいは別の何かか。
僕はその感情に気付かないよう胸の奥にすっとしまい込み、シラユキセリカの背をじっと見据えた。