第2話 インモラル・エクスタシス⑦
「いいわ、認める。今回は私の負け。行けば?」
赤染は承諾し、翼をはためかせ道を譲る。だが俺は疑うのをやめない。背中からザクッといかれる可能性もまだある。
「行きましょう、先輩」
しょうもないことを考えながら、俺はセリカを抱えながら上へ飛んでいく。警戒は怠らなかったが、結局赤染は何もしてこなかった。セリカの言ったとおり、赤染の矜持は敗者による悪あがきを許さなかったのだろう。
俺は上昇し、天井を蹴り空ける。つま先にジェネシスを集中させれば、身体能力強化でそれが可能だ。
天井を突き破り、青き光が目に痛い。
空だ。懐かしい、ふとそんな風に思う。
体育館の中にいたのは30分かそこらだ。それなのに、空の光を浴びられたことに感動さえ覚える。生きていて良かったと、心から思える。
「青いですね、空」
セリカが眩しそうに目を細める。その姿が、とても愛らしい。
「ああ、そうだな」
応えて、気づく。セリカをお姫様抱っこしながら、空を飛んでいるという事に。好きな女の子と空中散歩とか、色々と恥ずかし過ぎる。思わず顔が熱くなってしまう。ロマンス溢れ過ぎだろ……。童貞には難易度が高い。
「……怖かった。今でも夢を見ているよう。何もかも、信じられない」
「…………でも、さっきのお前の迫力は本当に凄かったぞ。ビビった。あの赤染を言葉でどかせるなんて、お前にしかできん」
「……それも、信じられない。本当に私がやったことが」
セリカは困惑している。セリカは自分のことを弱いと思っている。だからこそ、自分が持っている強さに気づけない。気づけたとしても、こんな風に困惑するしかない。
「お前は強いよ、セリカ。俺なんかより、ずっと」
「そう、でしょうか。でも、私なんて、先輩がいなきゃなんにもできなかった」
「だが、お前がいなければ間違いなく俺は赤染に負けていた。それは、確固たる事実だ」
「…………先輩」
「ん?」
「なんだか、いつもと違います。気配というか、雰囲気というか。目つきも、なんだかおっかないですし」
セリカが恐る恐る、という感じでそう言ってくる。
「…………そう、かもな。だが、これが本来の俺だ。お前には見せないようにしていたが」
「見せないように?」
「ああ。お前を思うが故にだ。だから、そのことについては触れないで欲しい」
「…………」
セリカは困惑しているのか、押し黙ってしまう。
「悪いが、セリカ。ここを出る間では我慢してくれ。俺は、今、不安定だ。お前を守り切れたら、普段の俺に戻る。だから――――」
「催眠の、こと、だよね」
セリカは言いづらそうに、口を開く。俺はぎょっとして、腕の中のセリカを見つめる。
「知ってたのか?」
「だ、だって。前に、先輩の家に忘れ物して戻った時、結とこそこそやってたから……何してるんだろうって、思って。鍵も、かかってなかったし」
「……そうか、知ってたのか」
「ご、ごめんなさい。覗き見したりして」
しょぼんと謝ってくるセリカ。
「謝らなくていい。俺と結が人に言えない二人だけの秘め事をしてるんじゃないか気になったんだよな」
「そ、そんなこと! ……は、少しだけ考えたけど」
「考えたのかよ!」
目を伏せながら、僅かに頬を赤らめるセリカ。セリカの脳内で俺と結は血が繋がった兄妹なのにめくるめく禁断のホニャララなことになっているのだろう。
「だ、だって……。結は……」
「?」
「ううん、なんでも、ない。ただ……私に隠し事は、あんまりしないで欲しい」
「だが、お前はあの時俺を恐れただろう。お前を怖がらせたくなかったし、お前に嫌われたくなかった」
あー、駄目だ。言いたいことが上手く言えない。俺はしどろもどろになりながら、額に手を当てる。
「で、でも! 結だけが知ってるのは、ちょっと違うと思う」
珍しくセリカが譲らない。そういえば、なにかと結と対抗することも多い気がする。大抵、結が勝つが……。




