幕間⑰ 正義の成れの果て④【白雪セリカ(3周目)視点】
《飛翔蒼天》――ヒショウソウテン――
六枚の白き翼を具現化。
もし自分が死んだ場合、身代わりにこの羽が砕け散る能力。
この一瞬の攻防、確実に透は私を殺しに来る。
ならば、羽を身代わりにしてその一瞬を狙うまで。
いつでも来い。殺せたと思ったその瞬間が私の勝機。
――――完全に読み切った。
透を心理誘導できていたと、そう確信していた。
《右往左往》――ウオウサオウ――
確実に次に来るのは《生殺与奪》だと、そう読んでいた。
でも、あろうことに透が使った能力は《右往左往》。
「……っ!?」
「その能力を使ってくるだろうと思っていたよ。既に4周目が使っただろう? 戦術が単純だね。詰めが甘いよ」
その言葉を置き去りにし、透は私を背に4周目の方へ突進していく。
透は、私に殺気を向けながら注意を引き付けつつ、実は4周目を討つことしか考えていなかった……というの?
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
一瞬の硬直を透は見抜き、不可視の一撃を私の腹部に叩き込んでくる。
急所を射抜けなかったのは透にも焦りがあるのだと見ていい。
「……っ」
あばらが折れる痛みを耐えながら、私は頭をフル回転させる。
一対一に持ち込めばまだ再起はある!
《聖域結界》――セイイキケッカイ――
白い魔法陣が地面に具現化し、私と透を閉鎖する。
これは、強制的に自分と相手を閉じ込める能力。
《空中分解》――クウチュウブンカイ――
魔法陣は一瞬で霧散してしまう。そして透の直進は止まらない。
なら!
《秋霜烈日》――シュウソウレツジツ――
《色即是空》――シキソクゼクウ――
炎には実体が無い。基本的に触れればすり抜けるもの。それを、“固定”させる。
かつて、アンリの力を見て着想を得た攻防一体の能力の使い方。
フルスロットルでジェネシスを放出し、透を焼き尽くす炎を凝固させる。
「無駄だよ」
透の持つ『黒き盾』が、私の炎に衝突するとグニャリと歪み、その形を変える。
それは“口”だった。異形の口の形に変わった盾が、まるでジェネシスを租借するように私の能力を喰らっていく。
炎が、ジェネシスが、吸い込まれていく……。
今だけ時が止まったかのように、この絶望はあまりにも静寂だった。
死地の中、まるで何事も無いかのように佇む透の姿が、あまりにも異質だった。
「……っ」
この一撃は、私の切り札の一つなのに……それを……いとも容易く……。
思わず、呆然としてしまう。
炎は完全に消滅し、《色即是空》も意味をなさない。
無効化、ではない。あの、《救世之盾》の能力は……何を……。
ギリ、と唇を噛む。
絶望に飲み込まれそうになる頭を切り替え、瞬時に次の行動に移る。
まだ終わってない。この程度はまだ絶望じゃない。
右手にジェネシスを凝縮。同時に。
《白雪之剣》――シラユキノツルギ――
右手に剣を具現化。
『風船の剣』を膨張させ、爆発させる。
右手から《白雪之剣》が風とともに放出される。
透は《救世之盾》を構え、《白雪之剣》が衝突すると盾は霧散する。
盾は消せたけど、これじゃ駄目だ。次の、次の一手を……。
ジェネシスを使い過ぎたのか、目の前が一瞬ぼやける。
「くっ……」
「……」
透と一瞬目が合う。その目には失望と憐憫、そして蔑みがあった。まるで見限るかのように、透は私から視線を外し、行ってしまう。
それはまるで、かつて私が先輩を……ゼロを見限った時と同じ目だった。
透……っ!
最悪の状況ではあるけど、詰みではない。
(4周目! 作戦を変える!)
(……えっ?)
致命傷……か、これはっ。
4周目の背中はがら空き。サマエルに集中し過ぎていて、透の直進に気付いていない。私の声に鈍く反応したはいいけど、これはもう間に合わ――――
「――――邪魔しないでくださいっスよ、透っち」
サマエルはあろうことか4周目を避けるように腕を動かし、透明なレーザーを透に向けて放出する。
「……サマエル、お前」
透が回避しつつ歩みを止め、驚愕している。
「白雪セリカは私の獲物ですので、アンタには殺させません。こいつらの脳は絶対に私に必要なモノです」
「お前、何を言っているか理解しているか?」
「ピー、ギャギャギャン。ワタシ、ニンゲンノコトバ、ワカリマセン。ジンコウテンシサマエルハ、セカイノタメニタタカイマス」
「何をわけのわからないことを……僕の邪魔をするなら――――」
ゴォン、と鐘が鳴る音が響き渡る。
《鐘楼時計》は『2』の数字を示した。
滅茶苦茶な状況だが、その鐘の音が皮肉にも私を我に返らせた。
この鐘の音が“合図”。時間を重ね、全てのタイミングを同調させる。
《聖女抱擁》で傷を癒している暇は無い。
作戦を遂行する。
(4周目、時間だ)
(分かった)
『2』の数字を《鐘楼時計》を示した時、私たちはもう一度同じ時間を共有する。
一瞬を引き延ばし、その先へ行くために。
((3、2、1――――))
私たちはカウントダウンを開始する。
《全身全霊》を使わずギリギリまで温存したのは、この時の為。
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
二度目の《明鏡止水》の発動タイミングを、完全に合わせることに成功した。
段取りは狂ってしまったけど。
ここからが、正念場だ。
かろうじて、まだ、終わっていない。