幕間⑯ 正義の成れの果て③【白雪セリカ(3周目)視点】
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
時間がスローモーションになる感覚。
何度この能力に助けられてきたか。
この能力は集中力を強制的にゾーンに引き上げ、時間感覚の流れを緩やかにしている。けれど、実際の動作までは変わらない。動作も高速にするためには《全身全霊》の発動が必須となる。けれど、この二つを同時に使えばジェネシスがもたない。
だから、《全身全霊》は敢えて使わず《明鏡止水》のみで切り抜ける。
物量攻撃に対しては緊急回避の《天衣無縫》、猶予確保の《明鏡止水》を使用することになる。
透の想定を、更に想定する。私が防御に切り替えると恐らく透は読んでいる。
――――なら、防御は最低限に留め徹底的に攻めに転じる。
炎で捉えた《紆余曲折》の位置へ《快刀乱麻》の反射レイピアを投擲。
直撃する瞬間を目視する余裕は無い。視線を透へ移す。
最大の囮である《紆余曲折》に割ける時間は最小限だ。
《聖女革命》――セイジョカクメイ――
白き鎖を具現化。透が突っ込んでくる空間に縦一文字で展開。
ただ鎖を動かしたり縛るだけで、それだけの能力。
この能力の肝は、イメージした場所に鎖を具現化することができる。
鎖の能力には苦しめられた。花子とゼロが扱う《監禁傀儡》の精度は桁外れだ。あれには及ばない。でも、全ては使い方次第。
透が突っ込んでくるというのなら、それを利用する。
《一刀両断》――イットウリョウダン――
鎖に切断効果を付与する。
この状態で透と鎖が衝突すれば透は即死。
透に《絶対不死》は無い。封印済みの能力については、4周目との『継承』時に情報共有している。
そして透は私が自分を殺さないと読んでいる。
確かにそれが理想の最善手だ。但し、最善である限りそれは相手に読まれ続けるということでもある。
透が狂気の一手を打ってくるなら、こちらも打たなければ釣り合いが取れない。
《空中分解》――クウチュウブンカイ――
透が持つ、無効化能力の一つ。《空中分解》。これは《守護聖女》と似て非なる能力。
透が目視した一つの能力を分解して消滅させる、というもの。
この能力は極めて厄介で、予備動作を必要とせず中距離で発動できる。
この能力を多用され中距離戦に持ち込まれた場合、一方的に嬲られる展開もあり得る。《空中分解》は対処不可能な無効化能力にしか見えない。
ある一点の、致命的な弱点を除いて。
鎖の剣は消えることなく、直立で佇んでいる。
そう、透の《空中分解》が無効化できる能力は一つまで。
私の攻撃は《聖女革命》と《一刀両断》を重ね掛けしたもの。
二つの能力が掛け合わされたモノを、《空中分解》で消すことはできない。
「……」
透の判断は驚くほどに早かった。
《右往左往》――ウオウサオウ――
位置を入れ替える能力。
透と私の鎖の位置が入れ替わり、透は直進を緩めずひたすら突っ込んでくる。
あの能力……人と人だけではなく、人とモノも入れ替えられるのか。
私と入れ替えなかったのは、射程範囲外だから、という可能性が高い。
透の集中が私ではなく鎖に移った一瞬を利用し、私は既に次の動作に入っていた。
透が珍しく荒い手を打ってくる。私の鎖を破壊できなかったので、位置を入れ替えるのみ。つまり透の背後に私の鎖は存在したまま。
なら、やることは一つしかない。
私は鎖を2周目の死体に刺さっている《審判之剣》目掛けて飛ばす。
透は背後の鎖の動きには気付いていない。いける。
炎を大量に巻き散らし、煙幕を張り、私から視線を遮断することで逆に注意を引き付ける。
《空中分解》――クウチュウブンカイ――
煙幕は一瞬で分解され、けれど私はそのまま透目掛けて直線に走る。
「……!?」
透にとって私が特攻してくるのは予想外だったのか、目を見開く。
が、それだけだ。
留まることなく、透はそのまま直進してくる。
透から見れば私は隙だらけ。どの能力で殺すか迷うほどに、選択肢が多過ぎる。
ダブルバインドの逆。つまりは大量の選択肢を相手に叩きつけて混乱させる。
お互いに一歩も引くことは無い。
たまに思う。私と透は対極にありながら、どこか似ているのかもしれないと。
スローモーションは唐突に終わる。《明鏡止水》が切れたのだと気付く。でも、関係ない。このまま突破する。
即死能力、《生殺与奪》の射程範囲内まで、あと約3メートル。