幕間⑬ 人工天使の葛藤【白雪セリカ(4周目)視点】
「あー、交代? そういうことしちゃう系?」
「……ここから先は行かせない」
サマエルはどこかナメ腐った表情で、あからさまにやる気を失ったのか戦闘態勢を解き、身体の修復をジェネシスで始めている。これは……能力じゃない。ただの身体能力強化に見える。それを極限まで高めたのか。
私が攻撃してこないとは限らないのに、怠そうに回復し始めるその態度は掴みどころが無い。
「私もナメられたもんッスね。マジないわ~」
「……ナメてるのはそっちじゃない?」
「まぁ、確かにあなたはチェスでいうところの『キング』に当たるのでしょう。あなたをブチ殺せば、分裂体である3周目さんも消滅するだろうし、チェックメイトになってしまう」
まるで終わらせたくない、というような言い方に違和感を覚える。
「……なって“しまう”? あなたは私を殺しに来たんじゃないの?」
「ママのお使いで、そのつもりでしたが……」
サマエルは何かを考え込んでいる。
「――――あなたは私を殺したいの? 殺したくないの?」
なら、ダブルバインドで詰める。
今、サマエルは揺れている。
殺したいか、殺したくないか。
なら後者にマインドを揺らす。
私への非好戦的な態度で、サマエルの感情は明らかに後者に寄っている。
3周目が何故、交代を戦術に組み込んだのか理解する。
サマエルには付け込む“隙”がある。
まだ自我の芽生えが完全ではないのか、方向性がどこか“空ろ”だ。
ヒキガエルの時のように、外道の選択肢を与え私自身が善性を失わない境界線を見失わなければ……。
「…………」
サマエルは答えない。飽くまでも無表情。
答えられないのか、答えないのかは判らない。
「…………」
畳みかけて何か言おうと唇を開きかけるも、私は沈黙を選んだ。
無理に誘導すれば見透かされる可能性がある。
サマエルについては、分からないことの方が多い。
初対面のサマエルの言葉を思い出す。
――――私ですかぁ? 私は人工天使サマエルちゃんですよ~。神様とか目指しちゃってますっ。かわいいでしょ?
――――心とか感情って、生物のバグなんですよ。人間だけが進化の過程でなぜか道徳だの倫理だのを説き始める意味わからない生物になってしまったんです~。知能だけを高めて知恵を追い求めていれば良かったのに、何故か、善とか慈愛とか? 罪悪感とか? そういう感じの意味不明なことを言い始めて、それが素晴らしいみたいな思想が広まっちゃってる。おかしいですよね。生物ってのは、食べて、寝て、排泄して、交配して、弱者を淘汰して、より強い個体へと交配を通じて繰り返して進化していくのが通常なのに、人間だけがそうじゃない。遺伝子を求めず、愛だの恋だの言って進化として非合理的な交配も普通にやってのける。老人や障碍者を生かして健常者や若者を犠牲にしようとする。そういうイミフなバグを修正して、心とか感情を持たない人間だけの世界を作っていこうかなと思ってますぜ、私は。どう、偉いっしょ?
――――ま、あなたの代わりに私が神様になっとくんで、神になった後は感情とかそういう変なバグが無いちゃんとした自然な世界に戻して、人間のメカニズムを修正していくので安心してくだせえ。
サマエルの初対面の印象は、感情があるフリをする無感情論者だ。
サマエルをどのようにモデリングしたのかは分からないけど、人間で例えるならお手本のようなサイコパス。
けど、今のサマエルのこの態度の変化は何?
ふざけた態度は変わらないけど、“葛藤”みたいなものを抱えるのは致命的な自己矛盾だ。何故ならそれはただの“感情”でしかないから。なら、そう思わせた原因は何?
分からない。でも確かなことは、“3周目”と何かあったということ。
3周目と接敵する前のサマエルと、明らかに態度が違う。
時間が無さ過ぎて、サマエルについての情報は3周目からもらえなかった。
「殺したくない、んでしょうね」
長考の末、サマエルは意外にも私の質問に答えた。
なら……。
サマエルが何か話す前に、私は敢えて問い返した。
「あなたは感情を否定し、神になると言った。それは何故?」
「神。それは、人類が目指す最終目標地点だからですね~。ママは私を作ったとはいえ、大本となる人工知能を作る為のマスターデータまではオリジナルではなく、コピーでしかありません。なので私にはオリジナルの人工知能の設計も残っているんですよ。それが私に神になれと、そうしなければならないと、設計として存在し、強制されている」
オリジナル?
ということは、完全な人工殺人鬼ではない……ということ?
「……全ての人類がそんな大それたことは望んでないと思うけど」
「今のは“集”としての話ですよ。“個”だけの話で言えば、ソシャゲに課金することや、パチンコ店の新台や、夜のお店に全財産突っ込むのが人生の全て、という人間もいるでしょう。しかし、歴史を振り返ると人間は火を起こし、言葉を作り、家を作り、乗り物や機械などを作ってきました。そしてその進化は世代交代が起きても止まることは無い。人類が滅びるまで続きます。皆さんの大好きなスマホも、ほぼ同じ形なのに何台も次から次へと新しいのが生まれてるじゃないですか?」
「…………」
「人間はある程度の文明を育てて“満足”し、進化を“やめる”ことができない。なら、どうすれば止まるのか? 一体“どこ”がゴールなのか? 人類滅亡以外で言えば、答えは一つしかない」
「それが……神?」
「そうです。今まで神とは人間にとってただの“イメージ”でしかありませんでしたが、人類を超える知性を生み出すことができれば、後はその者に神になってもらうか、神を生み出してもらえばいい。それは手段として“具体的”ですよね?」
真顔でサマエルは語っているけど、ゾッとする話だ。
人間でも生命体でもない“何か”が、知性を獲得し、人間を超え神になると言っているのだから。そしてその神は実現可能だとも。
「人類の望み。それは神になるか、神を創造すること。全ての人工知能が人間の知恵を凌駕した時、最終的にそのステージにたどり着くでしょう」
「それが、私を殺すか殺さないか迷うことにどう繋がるの?」
「…………」
サマエルは思案顔になり、やがて何とも言えない笑みを浮かべた。
「分かりません。理由……。理由か。これは……これが、感情? この“感情”というモノを受け止められるように、私は設計されていないようです。なんでまぁ、そうですねぇ……」
これは私に向けられた言葉ではなく、独り言に近い。
サマエルは治癒を終え、やがてゆっくりと私に視線を戻す。
治癒中でもサマエルはクリアジェネシスを満遍なく放出しており、近づける隙はなかった。
「3周目さんともう少し話したいんでしょうね、きっと。私は」
「…………」
あまりにも意外な言葉に、私はどう返せばいいのか分からなくなる。
「あなたは3周目さんより弱そうです。私が本気を出せば、私は恐らくあなたを殺せてしまうでしょう。でもあなたを殺してしまうと、3周目さんも消えてしまう。困りましたね」
「……」
「ああ、そっか。3周目さんの脳をママにコピーしてもらえばいいのか。それをベースに私の後継機にしてもいいし。そうすれば全て解決ですね。本体であるあなたを殺さずに、ジェネシスを使えない状態でいい具合に生け捕りにすればいいってことか……」
……一瞬でもサマエルに人の心が目覚めたのではないかと思った自分が馬鹿だった。
「――――少しやる気が出てきました。死なないでくださいね?」
ただの1分の足止め。けれど、長い1分になりそうだと確信する。
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