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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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幕間⑫ 理想の戦士【透視点】

 

「……」


 3周目と4周目が位置を逆転して背中合わせになるところを観察しながら、ゆっくりと飛行して近づく。

 最大出力に見せかけた7割の『黒の矢』のジェネシスを溜めつつ、僕は考える。

 何故かまだ、勝った気がしない。

 その理由はすぐには分からなかったが、一瞬遅れて把握する。3周目の白雪セリカの目はまだ死んでいない。それどころか、冷徹さと熱い殺意を帯びているようにも見える。

 4周目は多少弱気になっていたので、あとは畳みかけるだけだと過信しかけたが、3周目はそれを見抜き即座に合流という手を打ってきた。恐らくその次の戦術は交代に切り替えてくると見ていい。

 サマエルの力は未知数だが、今の弱気になった4周目にとって、僕をぶつけるよりもサマエルの方がまだ御しやすいという判断なのだろう。

 良い判断力だ。やはり手強い。手を抜いたとはいえこの僕を3回も殺した相手だ。

 だまし討ちのような手で2周目は落とせたが、決定打にはなっていない。

 軽く戦慄すら覚える。

 ……恐れているというのか。僕は。白雪セリカを。

 死を恐れるような感情は持ち合わせていないが、この怖さは……白雪セリカ個人に対するモノと見て間違いない。この感情は、恐らく僕を人間へ近付けてしまう第一歩だ。

 絶対に、ここで、殺すしかない。

 僕は3周目へと、殺す対象を切り替える。

「……フッ、つくづく恐ろしいね。君たちは。まだ“何か”ある表情だ」

「生憎、お前たちには相当鍛えられたから」

 3周目はにべもない。

 静かに、けれど苛烈な殺意をその目に宿しながら、僕を射抜くように視線を返してくる。


 ――――“良い目”だ。


 一瞬、陶酔すら覚えそうになる。

 理想の敵。僕の命を狩る者が現れるとしたら、この相手は僕の理想に近い。

 僕は色々な人間を見てきたし、殺人鬼を育ててきたが、3周目はそのどれにも当てはまらない。だが、間違いなく“強い”。例えるならば、戦士のような精神状態なのだろうか。

 この偽りの平和の国、腐敗した日本で、本来は生まれるはずがない人種。

 実際に、その手を汚す殺人を経験し、慣れ、快楽やくだらない罪悪感に狂うこともなく、それでいて善悪の基準を失わず、正しく在ろうとするが故に、罪悪から逃げずにただ突き進むその愚直さ。

 素晴らしいと言わざるを得ない。これは、間違いなく理想的な“人間の姿”の一つ。

 非殺人、反戦争の洗脳と、平和ボケを叩きこまれたこのゴミみたいな国で、生まれえぬ傑物。ある意味、僕が、僕だからこそ、絶対に育てることができない人材。

 僕が自信をもって育てられるのは、《赤い羊》のような狂気を肯定する殺人鬼ぐらいだ。

 そして、その逆は無い。僕が手塩に掛けて育てようとしても、3周目の白雪セリカのようには絶対にならない。“意図せずに生まれる場合”を除いて。

 そう、これはある意味では《赤い羊》を育てた副産物と言えるのだろう。

 僕が悪を愛し、《赤い羊》を生み出したことで、僕を憎み、《赤い羊》を殲滅しようとする者が現れるのは必然。

 僕と《赤い羊》と敵対すると決め、貫ける人間ならば、3周目のようになれる可能性はある。

 悪と対峙し続けること。その現実から逃げないと決め、行動できる者だけが至れる境地と言ってもいい。

 この人間にならば、殺されてもいい。そう思える何かを感じる。が、まだ少し足りない。

 足りないと感じる理由は何故か? そう、惜しむらくはGランクなどという“希望”を捨てきれないその“弱さ”だ。

 そしてその“弱さ”を克服する手段に僕を利用しようとする“浅はかさ”も含めてね。

 さて、そろそろいいだろう。

 『黒の矢』を放出。

 合流したとはいえ、一瞬の出来事。

 仮にチャネリングで意思疎通ができたとしても、この一瞬で何をどうすべきかの最適解を3周目はともかく、4周目までが実行できるとは思えない。

 交代したとしても、サマエルに対抗する力を4周目が持っていなければ、労せずして全て本命である4周目を駆逐できる。

 そうなればチェックメイト。

 興ざめな勝利ではあるが、現実的な一つの勝ち筋だ。

 この程度で死ぬのであれば、それまでの存在だったということでしかない。


 《一刀両断》――イットウリョウダン――


「はぁッ!」


 3周目が右腕を手刀のように振りかざすと、僕の『黒の矢』が引き裂かれ霧散していく。

 そして4周目は『風船の剣』のようなジェネシスの塊をフルスイングしてクリアジェネシスレーザーを弾き飛ばすと、それも霧散していく。同時に、『風船の剣』も割れるように弾けて霧散。

「……」

 4周目は、あそこまで形態化を使いこなせていなかったはず。

 この一瞬で間違いなく“何か”あった。恐らく加速能力を応用し、僕の知らない方法で何かをした……。

 状況を半分ほど理解すると同時に、3周目が静かに殺意を向けてくる。


「透、お前は哀れな男だ。誰かに殺されることでしか、止まれない男」


「……」

「だが私は、お前を救ったりなんてしない」

「……それは、どういう意味だい?」

「分からないフリをするなら、それでいい。私は為すべきことを為すだけ」


 《快刀乱麻》――カイトウランマ――


 煌めく銀と金の鍔の白きレイピアが、スノーホワイトジェネシスを帯びて淡く輝く。


「私は4周目ほど甘くない。お前もいつもの手抜き癖をやめないのなら、くだらない死に方をすることになる」

「……どうやら、そのようだね」

 3周目が纏うスノーホワイトジェネシスは、4周目と違い稲妻のように迸っている。殺意に全く躊躇いが無い。4周目と同じように甘く見れば、一瞬で僕の方が殺されてしまうだろう。


 ――――さて、どうしたものか。


 2周目を下し、もう終局は目前。だというのに……。

 白雪セリカを、追い詰めれば追い詰める程に、こちらが追い詰められるような息苦しさを覚える。2周目も3周目も、その精神構造は見切ったつもりだったが、底が見えたつもりだと思い込むのは愚の骨頂かもしれない。


「――――苦しいね」


 僕はポツリと呟きつつ、目の前の白き怪物と対峙する。

 4周目と違い、3周目には隙も迷いも恐れも無い。

 殺人鬼とも異なる、静かな決意と殺意を持つ戦士。

 全く、厄介な存在を意図せず生み出してしまったものだ。

 身から出た錆として、受け入れるしかないか。


 僕たちの殺し合いは、まだ終わっていない。


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