第2話 インモラル・エクスタシス⑥
「キルキルキルル!」
セリカが唱え、現れたのは剣ではなかった。形状は《盾》。ジェネシスを凶器化したのであれば、間違いなく剣の形になる筈。だが、そうならない。バリア状のジェネシスとも、また違う。完全に、中世を思わせる盾の形状をしている。
「……ピュアホワイトのジェノサイダー、か。つくづく、忌々しいね」
「え? なに、あれ。凶器化で《盾》なんて、あり得るの? だって形態化でできるのは《剣》だけでしょ?」
「白雪セリカ、やはりお前は確実に殺さなければならないみたいね……」
壇上から、透、リリー、花子の驚愕の声。ヤツらは呆然とセリカの《盾》を見つめている。リリーはポカンと口を開き、花子は怒りも露わにセリカを睨み付けている。
「どんな生物にも天敵はいるもの。透の天敵は、もしかしたらあの子かもね」
そして、一言も言葉を発していなかった白いネグリジェの少女が、楽しそうな声で呟く。
「いばら姫ちゃん、君が楽しそうだなんて、珍しいね。いつもつまらなそうな顔なのに。そんな君がとても愛しいよ。そそる」
スーツ姿の黒縁眼鏡の穏やかそうな青年が、うっとりと微笑む。
「骸骨、気持ち悪いわね、相変わらずあなたは」
ジト目でいばら姫が骸骨を睨む。
《守護聖女》――シュゴセイジョ――
セリカの純白の盾が、女神像の形となり、赤染へ突っ込んでいく。赤染の《百花繚乱》のジェネシスフラワーも、まるで何もないようにすり抜けていく。
「っ!」
赤染も何かを感じたのか、回避行動を取ろうとするが、それは俺がさせない。
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
俺は右腕を掲げ、赤染の頭上に掌を翳す。
スカーレットの鎖が赤染の頭上から現れ、赤染を一瞬で拘束する。このまま絞め殺したいところだが、《監禁傀儡》そのものに殺傷能力はない。真の能力はまた別。相手に直接触れなければ、その能力は発揮出来ない。分かる。まるで右腕を動かすような自然な感覚で、ジェネシスと異能がどんなものなのか、どうすれば発動すればいいのかが、直感的に分かる。
俺は赤染に直接触れていない。その状態で《監禁傀儡》を使っても特に拘束力も高くは無いので、長くて拘束できるのは五秒といったところか。だが、充分。
ようやく俺の異能が役に立つ。死ね、赤染。美少女が血と命を散らし苦悶の顔で死に行く背徳的破壊美、この目で見届けてやるよ……。ハハハハハハ!
「っ!」
回避が間に合わず、《守護聖女》に直撃する赤染。赤染が純白に光り、全ての《百花繚乱》も同調するように純白に光り輝き、霧散してしまう。
「…………なに、が、起きたの?」
赤染は困惑するように辺りを見回す。赤染は無傷だった。死んでいないどころか、傷一つ無い。ああ、そうか。セリカ……その能力、実に、お前らしいな。
「本当はあなたのその翼のジェネシスも消せましたが、それはしないでおきます。手は汚したくありませんから」
俺は呆れるとともに、優しく微笑してしまう。自分が許さないと定義した敵すら傷つけないお前は、優しいのか、甘いのか、それとも愚かなのか。
「…………あなたのジェネシスって、本当に忌々しいわね」
殺せたはずなのに、殺されずに命を恵まれた赤染は、憎悪も露わにセリカを睨み付ける。自分が見下している相手に殺されるどころか、手加減される屈辱は察するに余りある。特に、プライドが高い赤染ならなおのこと。
「これが、私です」
セリカは毅然とした態度で、赤染を真っ直ぐに見据える。
「そこをどいてください、赤染アンリ。それとも、これ以上の醜態を晒す気ですか? 敗北したのなら、それなりの態度を見せなさい。あなたなら、そのぐらいの矜持はある筈でしょう?」
ほ、本当にセリカか? そう疑ってしまうほど、堂々とした物言いと、迫力。赤染アンリを下し、道をどくよう説き伏せる様はいつも俺に守られているか弱い少女の姿ではなかった。だが、同時に懐かしくも思う。殺戮の快楽に身を委ね、堕ちかけていた俺を糾弾したあの時のセリカも、確かにこんな感じだった。
「…………」
赤染は目を細め、沈黙する。敗者が無様に吠える様ほど、見苦しいものはない。赤染は常に勝利してきた。敗者の嫉妬を浴び続けてきた赤染だからこそ、今の自分の立場を理解できている筈だ。そこを、セリカは読んだのだろう。
――――まるで、王だな。
不意に、そんなことを思う。心を読み、人を統べ、導き、問い、正す。そんなことが出来る人間は、もはや王としか言いようが無い。現代で王の才を活かせる場所は限られているし、その才能を開花させる機会もそうはないが、セリカは今、僅かながら萌芽したのかもしれない。
弱者であることもセリカの本質ではあるが、このどうにもしようがない強さ。これもまた、セリカの本質。弱者と強者の二面性。トリックスターなのだ、セリカは。それこそがセリカの本質。ソレが俺は怖くて、愛おしい。




