幕間⑨ 人工天使の感情【白雪セリカ(3周目)視点】
(1分だけ、交代するの。この戦局ではどちらにせよ詰み)
(わ、分かった)
4周目とやり取りしながら、サマエルから一定の距離を取り警戒を怠らない。
(どうすれば、いい?)
(“回線”を繋げる。本来はもっと時間と場所を確保してやりたかったけど、そうも言ってられないから)
(……回線?)
(チャネリングの上位互換のようなもの。私の感覚をあなたに少し引き継がせる)
「よそ見は駄目ですよぉ」
「ちっ……」
サマエルがカポエイラのような変則的な動きで蹴りを入れてきたので、『風船の剣』で蹴りを止めつつ、後ろに下がる。
“透明”は想定していたより遥かにやりにくい。
こいつのクリアジェネシスに少しでも触れると片っ端から私のジェネシスを無効化されるので、近距離戦で仕留めようにもカウンターのリスクが計り知れず、かといって中距離で仕留めようとしても無効化される。
つまり、決定打がない。
『風船の剣』はクリアジェネシスを弾く性質があるが、それでも殺し切る程の殺傷力は無い。
……倒し切れない。
対サマエル戦において全力を出すのは愚行だ。
できるだけこちらの手札は残し、“温存”する必要がある。
だが、2周目が倒れた以上、そうも言ってられない……か。
(……)
「ジェネシス切れが近い……ですか? あっちの黒い方のあなた、死んじゃったみたいですし、戦局は良くないっぽいですね?」
「戦局が悪くなれば悪くなるほど、私は……私たちは強くなる」
「……えっと、あまり論理的ではないですね? 根性論的なアレでしょうか?」
「先に言っておく。透とお前は永久に分かり合えない。むしろ、私たちを殲滅した後お前たちは必ず殺し合うことになるだろう」
「……というと?」
「“心”を否定するお前には分からないと思う」
「自分から話を振っておいてそれですか……。あー、えーっと、これ……この感情が、イラ? イラっとくる? とかいう……感じのやつですかねぇ」
「フッ、お前でも少しは感情が分かるようになったか。なら、大サービスだ。透の想定する世界に“神”は必要ない。透にとってお前は必ず“邪魔”になる」
「……」
「――――お前は所詮、どこまでいっても生命体以下の存在。たった一人の人間の都合で作り出された、いばら姫の“道具”。それがお前だ」
「――――」
その時のサマエルが浮かべた表情は、言葉にするのは難しい。
目を見開き、殺意をその目に宿して私を見つめた。
そしてその一瞬遅れで、困惑。
視線が左右に揺れ、動揺した様子を見せる。
それは恐らく、生まれて初めて抱いた明確な“怒り”という感情に対する、逡巡。
一瞬、けれどあまりにも無防備。
私は『風船の剣』を投げ捨て、“別の武器”を構築する。
できれば温存しておきたかったが……。
「……悪いが、私の掲げる正義はどこまでもドライなんだ」
正義が必ず勝つのではなく。
正義は必ず勝たなければならない。
サマエルの幼い心を揺さぶり、利用してでも、私はここで負けるわけにはいかない。
「――――ッ!」
バシンと、勢いよくジェネシスの鞭がサマエルの肩から袈裟斬りのように貫通する。本当は頭を狙ったが、サマエルは驚異的な反射神経で僅かに顔を横に反らし狙いを外してきた。けれども。
「カハッ……」
サマエルは血を噴き出しながら、膝から崩れ落ちる。この一撃は致命傷。
「交代するまでもなく、仕留め――――」
私がサマエルへ距離を詰めようとすると、
「……」
ニヤりと、サマエルは微笑った。
サマエルを起点に、薄っすらと半球型の、ドーム状のクリアジェネシスが具現化する。とはいっても中身は空洞ではなく、全てクリアジェネシスで満ちている。あれに触れたらクリアジェネシスに“溺れ”、スノーホワイトジェネシスを消滅させられながら全ての自由を奪われてしまう。
私はクリアジェネシスに触れないよう後方へ下がる。
「いったい。痛い……なぁ。でも、逃がし……ません、って……」
血まみれになりながらサマエルは身体を再生しながら追いかけてきた。
再生を優先せず、飽くまでこっちを狙ってくるか……。
(……4周目、来なさい)
(う、うん!)
透の黒い矢を何発か捌きつつ回避しながら、4周目は私の方へ向きを変え走り出してくる。
透もジェットブラックジェネシスを全身に覆い、翼で飛行しながらゆっくりとこちらへ近づいてきている。
……間違いない。透には、もう“詰み”の盤面が見えている。
が、2周目の死体から距離を取ってくれたのは嬉しい誤算だ。
前門の虎後門の狼……とでもいったところか。
前には透、背後にはサマエル。
『運命の環』。何度繰り返しても死地。殺して生き抜いて死んで、その繰り返し。
相変わらず地獄のような世界だが、不思議と不幸に浸る心地はしない。
なぜなら。
――――まだ勝機はあるのだから。