第15話 Clear≒White㉚【白雪セリカ(4周目)視点】
「すぅ、はぁぁ……」
心の中に溜まっている鉛のような感情の塊を吐き出すように、静かに息を吐く。
思考をクリアにする。
透に呑まれる必要はない。
透が語る、可能性、限界、別のもの、それら私への評価に引きずられる必要なんてない。
透の“掌握力”を突破する方法は思いつく限り、4つある。
①透の掌握よりも早く行動し、先読みを追い付かせない。
②掌握を誤認させる。
③掌握を誘導し、それをこちらが利用する。
④とにかく私が馬鹿になって透の予測を許さない。
やはり重要なのは“未知数”性。
それは4周目の私自身であり、『運命の環』、ダウングレード戦略にある。
透に見破られたのは戦略の目的、核となる部分であり、それ以外は読まれていない筈。読みようがない。事実、2周目の能力のバリエーションは私ですら把握できていない。
それもまた、意図的に作られた“未知数”性。
透と向き合ったことがある過去の私と、結が生み出した戦略を今は信じよう。
2周目と3周目、そして結は私に敢えて何も教えないように情報を制限している。
「――――っ?」
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
《多重展開》――タジュウテンカイ――
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
殺気を感じると同時に反射的に《白雪之剣》を前方へ構える。
見えない手応えが伝わってくる。
けれど。
「……っ」
腹部に強烈な鈍痛が走り、思わずバックステップする。
条件反射的に《聖女抱擁》を発動し、肉体の傷を癒す。
攻撃されたらしい。
……透の《紆余曲折》の射程範囲内に入ったのか。
不可視のテレキネシス能力《紆余曲折》には、中距離に特化している能力だけど、明確な射程範囲がある。
《多重展開》は一つの能力を同時に発動する能力と見ていい。
つまり今の攻撃は二段構えで、《白雪之剣》で無効化した一段目の攻撃があったということ。腹部が二撃目ということは、初撃は恐らく首だろうか。腹部のダメージを鑑みるに、人体の骨を折るぐらいの威力はある。
やはり止まっていては駄目だ。動かないと。
《右往左往》――ウオウサオウ――
「――――“君”はこの能力で死ぬのだろうか?」
一瞬の浮遊感と、眩暈。直後。
透の声が“背後”から聞こえる。
錯乱しながら振り返ると、何故か私は透がさっきまでいた位置にいて、透が私がさっきまでいた場所にいた。
な、何が起きたの!?
状況整理が追い付かない。何を、された!?
けど、これしか答えが浮かばない。
恐らくは……位置を、入れ替える能力……っ。
まだ透は能力の隠し玉を……!
《生殺与奪》――セイサツヨダツ――
そしてその能力は発動してしまう。
中距離戦に特化した透の近距離の切り札とも言える、最悪の能力。
――――半径3メートル以内には近づかないでね。透は《生殺与奪》っていう半径3メートル以内の生物を即死させる能力を持ってる。
2周目の言葉を思い出す。
透は私と位置を入れ替えて、《生殺与奪》の射程内に2周目を入れたんだ。
私の“迷い”を見切って、透は冷静に標的を2周目に切り替える判断を下した。
私の……私の判断ミスだ……っ。
「……っ」
咄嗟に名前を呼ぼうとするも、名前が出てこない。
自分自身を呼ぶ名前など無い。
二人は私を4周目と呼ぶけど、私は……っ。
(動揺しない。撃って。今なら背中から……いけるよ……)
2周目は膝から崩れ落ちながら、それでもチャネリングで指示を飛ばしてくる。
2周目は苦悶に顔を歪めながら、ニヤりと不敵な笑みを浮かべ私に目線を送ってくる。
死にながら、それでも役目を果たせと……っ。
バリン、と亀裂音が響き空の星々が砕け散る。
《満天星夜》が解除され、腐ったミイラのような不気味な頭が再び具現化する。
2周目が死んだことで、透の《冥府魔道》の能力効果が再発動したのだ。
私の体中に何体もまとわりつき、ジェネシスを黄ばんだ歯で租借している。
「……」
生理的嫌悪感を覚えるような時間は無い。
2周目が死んだのであれば、残りの時間はもって数分。
感傷に浸っている余裕すら……無い。
様々な苦渋にも似た思いが胸を締め付けてくるけど、理性で感情を切り離す。
理性と感情を切り離すその感覚は、恐らくはアンリやかつての先輩、そして今の透のような感覚に近いかもしれない。
Gランクを目指し戦うことを決めた時点で、覚悟は決めなければならない。
ジェネシスが回復しない以上、速攻でケリをつける必要がある。
私は心を落ち着かせ、矢の構えを取る。
「…………」
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
《全身全霊》――ゼンシンゼンレイ――
集中力に全てを委ね、無心で能力を発動。
白の矢を作る途中で、違和感に襲われる。
透は2周目を殺す戦術に切り替えた。そして、この戦術では私に背中を見せることになるのは明白な筈。この攻撃が読まれていないわけがない。
透は化け物だ。2周目殺しの戦術は何の対応もできなかった。《右往左往》による位置交換からの即死能力である《生殺与奪》の発動。
本気で私たちを読み切り、そして狩りに来てる。この先の私の動きも恐らくは……っ。
……どうする。
――――君の“可能性”はそこ止まりかい?
一瞬身体が躊躇いとともに硬直し、透の言葉を思い出す。
透を上回る為には、もっとスピードと変化が必要だ。
同じパターンでの攻撃は自殺行為に等しい。
スピードと変化で思い出すのは二人。
花子の即興攻撃、そしてゼロの瞬発力。
この二人に共通するのは“鎖”を扱うのが上手いということ。
縛るだけではなく、掴む、防ぐ、引っ張る、何でもできる。
鎖。
スピード。
白の矢。
透を上回る“未知数”性。
天啓のように何かが脳裏に閃く。
透を上回る一撃は、これしかない。
一瞬湧いたイメージにできるかどうか、たじろぐも……
――――撃って。
2周目の最期の言葉が脳裏をよぎり、意識が引き締まる。