第2話 インモラル・エクスタシス⑤
《監 傀 》――カン カイ ――
「先輩は、私が守る!」
「――――っ」
俺は異能を発動しようと黒き意識に身を委ねかけたその時、セリカの声が俺を正気に戻す。
「はぁっ!」
セリカは声を荒げ、俺が貸した剣を振るう。
キィン! 赤染の剣をはじき飛ばし、危機を脱する。
「はぁ、はぁ……」
セリカは息を荒げている。必死だったのだろう。必死に息をするセリカがカワイイ。
「セリカ、お前……」
「……ふぅん」
少し興味深そうに、赤染が目を細めセリカを見る。
「ただの雑魚だと思ったけど、案外ダークフォースかもね、君。私の邪魔をできる人間、か」
「そこをどいて、生徒会長。先輩の邪魔をするなら、誰であろうと私が許さない」
「生徒会長? 誰が? もうそんな役割は終わったわ。内申点、人望にもはや市場価値は無い。ここで価値あるものは強さだけ。生徒会長などという役割を演じるのももう終わり。赤染財閥の令嬢として演じるのももう終わり。私は今まで全てを演じてきた。だから、かしらね。自分自身、というものがよく分からない。でも、今、この瞬間、私は私を感じていた」
「な、何を言って」
「あなたには理解できないでしょうね。彼氏がいて、何も考えずのどかに幸せに暮らせているあなたには。本当の自分を見失った私の気持ちなんて。でも、今、この瞬間だったら、私は私を取り戻せるかもしれない」
赤染は目を爛々と輝かせ、何かに魅入られたかのように自分の両手を見つめている。危険な顔だが、だからこそ魅力的だ。赤染アンリは、やはり俺と同類……。
「…………な、何を言っているの。理解、できない」
セリカは不可解そうに眉を顰める。持つ者は持たざる者を理解できないのだろう。
「私は私を感じたい。百鬼君、あなたなら私を満足させてくれそうなの。だから、逃がさない。あなたはここで殺すわ。その命、奪ってあげる。うん、決めた。初めて自分で決めた気がする。ああ、なんてキモチイイ……」
赤染はぼぉっと夢見るような空ろな瞳で、夢見心地に微笑む。
と、同時。スカーレットジェネシスが赤染を多い、蠢く。異能を使う気か?
ゾッとしたが、妖艶だ。思わず魅入る。
全てを偽ってきた女が、狂気という自由に身を委ねる姿。
それはどこか背徳的で、美しかった。
まるでこれは羽化だ。アゲハチョウが、醜いサナギから覚醒するような、そんな美しさ。
「あいにく、俺はまだ童貞なんだ。だから、お前なんかには奪わせない」
俺は減らず口をたたきながら、意識を研ぎ澄ませる。
俺の異能は、使いどころ次第では最強だが、戦闘向きじゃ無い。
回避のみに専念し、隙を見つけ次第その首を撥ねてやる。
赤染アンリを殺す。成功率は低い、が、やるしかない。
俺とセリカの邪魔をするなら、誰であろうと許さない。どんな手を使ってでも消す。
赤染アンリが誘うように唇から僅かに舌を出す。舌先にジェネシスが集約し、
《百花繚乱》―ヒャッカリョウラン―
ふっ、と赤染が息を吐く。
花火のような巨大な蜘蛛の巣が複数咲き乱れる。全部で、七つ。スカーレットジェネシスが鮮やかに咲き乱れる。そして、それは俺を標的とし、くるくると回転しながら真っ直ぐに向かってくる。
――――回避、不可能。
そのあまりの巨大さ、そして幾重にも編み込まれた繊細な糸、そして何より、量。これほど規模の大きい攻撃があり得るのか? 規模だけなら花子を上回っている。
そして、こいつ。全校生徒をこの場でミナゴロシにするつもりか? あまりにも躊躇が無さ過ぎる。やはり、赤染アンリは特別だったのだ。何をさせても優秀。ジェノサイダーとしても、優秀。こいつが間違うこと。それ自体があり得ないのだろう。
「先輩、ここは、私が」
俺が絶望していると、セリカが安心させるかのように唇を開く。
「こんなに簡単に異能を使うんだ。それがどういう結果を招くかも、あなたなら分かってる筈なのに。人を簡単に殺せるあなたは、やっぱり間違ってる。だから、私はあなたを許さない」
珍しくセリカが怒っている。声を荒げている訳では無いが、静かな声には迫力があった。




