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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
307/355

幕間⑦ 絶望する覚悟【白雪セリカ(2周目)視点】

 

 ここは、4周目の世界。

 ”私”は透と対峙する4周目を見守りつつ、過去に思いを馳せる。

 時間軸は狂っており、過去と言っていいのかすら曖昧でぼやけている。

 それでも、思い出した記憶はあの場面だった。


   ♦♦♦


 ”私”が消え去る前に、“私”は結に話しかける。

「で、実際のところどうなの?」

「……実際?」

「『運命の環』の完成度だよ。前にも言ったけど、“今の私”がタイムリープしてジェネシスを得る前の透を殺すのがベストな選択だと思うんだけど、それじゃダメなの?」

「不可能だ。仮にできたとしても、お前は黒のままだろうな。Gランクへの道も潰えるだろう」

「Gランクにならずとも、透をはじめとする《赤い羊》を皆殺しにすれば、ハッピーエンドだよね?」

「《起死回生》の検証で、絶対に巻き戻せない限界点がいくつか明らかになったのは覚えてるな?」

「自分が生まれる前と、ジェネシスを得る前。あとは、自分が扱えるジェネシスの量次第では、僅かな時間しか巻き戻れない」

「そうだ。つまりお前は、生年月日より以前にも戻れないし、透からジェネシスを与えられる前の時間にも戻れない。そして今のお前のジェネシスの量では、せいぜいがスノーホワイトジェネシスに覚醒する直前といったところだろうな」

「……はぁ、やるせな。でも、1周目のジェネシス量なら百年単位で巻き戻せたんでしょ?」

「1周目は規格外だ。ジェネシスの尺度としては参考にならない」

「そんなに強かったの?」

「……1周目の遺言で、自分の話はダウングレード体には極力するなと言われている。計画に必要なこと以外はな」

「1周目とどんな約束をしたの?」

「Gランクの成就。どんな犠牲を払ってでも、必ず果たすように言われている」

「でも結が約束を守る必要がなくない? 所詮は口約束なんだし……。なんか能力を使われて無理やり誓わされたとか?」

「いや、敢えてあいつは……私の精神に何も干渉しなかった」

「じゃあ、結はなんで1周目を……私を、それから次の私を助けてくれるの?」

「……“同じ痛み”を、知っているから」

「同じ……痛み?」

「1周目の世界は、地獄だった。1周目のお前は赤染先輩を殺し、西園寺要を殺し、透を殺し、兄さんを殺し、最後に骸骨だけが残った。私もかろうじて生き残っていたが、1周目のお前は手に負えない化け物で、逃げ隠れるのがせいぜいだった。骸骨も1周目に殺されそうになっていたが、骸骨がある取引を持ち掛けて1周目は骸骨と手を組むことにしたんだ」

「先輩を生き返らせるっていう……取引のことだね?」

「ああ。取引の対価は、透の遺志を継ぐこと。透の亡骸は1周目が木端微塵に肉片に変えた後、念入りに焼き尽くし灰も残らず、修復不可能だったから、骸骨でも蘇生はできなかったんだ」

「……」

「兄さんも最後まで1周目の説得には応じずひたすら殺し合いを望み、最終的に1周目は兄さんを殺さざるを得なかった。自分自身が生き残れば、まだ何か手が打てるかもしれないという道に縋ったんだろう」

「それが、骸骨に付け込まれる隙になった。1周目は蘇生能力を先輩に使わなかったの?」

「《死者蘇生》のことか。あれは、もう使った後だったんだ」

「使った……後?」

「《冒涜生誕》後、兄さんはゼロになった。ゼロになった兄さんをお前は一度殺し、《死者蘇生》で生き返らせた。だが兄さんは“ゼロのまま”だった」

「……それは」

「ああ、絶望だな。そして殺し合いはもう一度始まった。もう《死者蘇生》は使えない。1周目のお前は錯乱しながらも応戦し、ゼロとなった兄さんを再び殺した。兄さんはもう“いない”んだよ。どれだけ抗い、どんな手を尽くしても、あの兄さんを蘇らせることはできないんだ」

「…………」

「不完全でも、ゼロでもいいから、骸骨の歪んだ力でもいいから、なんでもいいから、もう一度生き返らせたい。その愛情、願いが……お前を破滅させたんだ」

「…………そ、それで……一周目の私は?」

「最後の《赤い羊》。『雪の女王』の名を冠し、透の遺志を継ぎ、ゼロと骸骨とともに、世界中の人間を殺しまわった。八つ当たりでしかない悪逆非道だが、お前の嘆きは殺戮という形でしか表現する方法が無かったのだろう。より多くの人間の嘆き、苦しみ、悲しみ、憎しみが、お前の絶望を紛らわせる一過性の麻薬だった。だがお前はいつからかゼロと骸骨にすら感情を持たなくなり、二人もろとも殺してしまった。お前は再び孤独になり、それでも殺戮を続けた。何も思わず、何も感じず、かつての行動を慢性的に、あるいは惰性的に続ける最悪の天災となった」

「し、信じられない……。私が、そんなこと……する筈……」

「全ての希望が断ち切られ、全ての生きる理由が消えた人間が辿り着く究極の虚無に、1周目は辿り着いた。自殺も考えたのかもしれないが、お前の命はそもそも兄さんが命を賭けてあの時守ってくれたからここにある。だから自死も選べなかったのかもしれない。そして1周目には透ですら遠く及ばない漆黒のジェネシスがあった。兄さんを愛したがゆえに、殺戮を巻き散らす天災という悪にならざるを得なかったんだ、1周目は」

「…………っ」

「私は身を隠し、息をひそめながら、お前の行く末を見守った。見守るだけで、何もしなかった。告白しよう。私は……お前の破滅を望んだ。心の底から、お前が狂い、壊れていく様を見ていくことが快感だった。1周目は実際、相当なものだった。かつての面影は欠片も無く、息をするように目に映る人間を殺し尽くした。何の意味も無く、何の感慨も無く。石を蹴飛ばすように、雑草を踏み潰すように」

「…………」

「だが……私は……あの時の感情は、何だろうな……。自分でも分からない」

「……何が、あったの?」

「私はお前の破滅を願いながら、お前が破滅していくのを見るのが苦痛だった。こんな世界を呪った。自分を呪った。こんな思いを、したくなかった。こんな思いをする為に……生まれてきたくなかった。私は……」

「……だから、1周目に手を差し伸べたの? 狂った1周目に姿を晒して死を覚悟してまで、『運命の環』を、提案してくれたの?」

「……さぁな。自分でも分からない。もしかしたら、死んで楽になりたかったのかもしれない。でも、今は悪くない気分だ。あの世界で息をひそめ続けるよりは……マシだ」

「……結。私は……やっぱり結のことが嫌いだよ」

「私も……お前のことなんて大嫌いだよ」

 そう言って、私たちは苦い笑みを浮かべ合った。


   ♦♦♦


 絶対に、1周目と同じ過ちを繰り返してはならない。

 たとえ、もし、Gランクになれなかったとしても……。


 ――――正しく絶望し、正しく滅びること。


 それもまた、最低ではあるけど最悪ではない幕の引き方だ。

 私は何も知らない4周目の背中を見据えながら、自らに科した覚悟を胸の内で再確認し、強く気を引き締めた。

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