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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第15話 Clear≒White㉓【白雪セリカ(4周目)視点】

 

「……」

 透はじっと“私”を見ていた。

 その目には不安や焦りも恐怖も無く、かといって先ほどの怒りも狂気も無い。

 不気味なほどに静寂。静かな、観察するような表情。

 この状況、透にとっては最悪の状況の筈。

 なのに……。

 “勝てる気がしない”のは何故?

 私は半ば無意識で足を止める。

「どうしたの、最弱ちゃん」

 2周目の問いに、けれど私は沈黙しかできない。

「…………」

 どうしたの? と聞かれても、答えることはできない。

 私にも分からないのだから。

 この意味の分からない不安感は、言語化できるようなものではなく、もっと直感的なもの。でも、今までの、記憶が無いけど過去の経験に基づく直感とも少し違う気がする。

「……何を怯えてるの?」

(喋らないで。チャネリングに変えて)

(……警戒し過ぎなんじゃない? 私と最弱ちゃん二人がかりだし、絶望ちゃんがダルエル片付けてこっちに来るのも時間の問題。状況はほぼ詰みだと思うけど?)

(…………)

 そう、“その通り”だ。

 私たちの勝ちはほぼ確定していると言ってもいい。

 けれど、人間は自分の信じたいものしか信じることができない欠陥だらけの動物でもある。

 つまり、自分の勝利を確信すること。

 この勝利への確信こそ、最も危険な確証バイアスだ。


「――――第八の法。白雪セリカ、死ね」


「……っ、認めない」


 即座に《白夜月光》を使用し、命令を相殺する。


「――――第九の法。白雪セリカ、死ね」

「認めない」

「――――第十の法。白雪セリカ、死ね」

「認めない!」


 私が相殺できるのは五つの法まで。

 透が過去を含め宣告した法は……。


 ――――第一の法。第一から第十の法を順守しない者は、速やかに自決しなければならない。ここから先、定義する名は、透は僕自身、白雪セリカはループ前と後の全てを含むものとする。


 ――――第二の法。白雪セリカ、もしくは透は、必ず30分以内にどちらかが完全に死亡していなければならない。


 ――――第三の法。白雪セリカ、僕の言葉を完膚なきまでに答え、且つ間違いだと思う部分を否定してみせろ。できない場合は君の命には価値が無い。敵としての価値すらも。だから、即刻自害するといい。


 ――――第四の法。白雪セリカ、僕との対話を三十秒以上放置してはならない。


 ――――第五の法。僕及び白雪セリカは、《絶対王政》以外のジェネシスによる異能力の発動を禁ずる。


 ――――第六の法。白雪セリカは即座に自殺しなければならない。


 ――――第七の法、シラユキセリカ、動くな。


 ――――第八の法。白雪セリカ、死ね。


 ――――第九の法。白雪セリカ、死ね。


 ――――第十の法。白雪セリカ、死ね。


 この十の法の内、《白夜月光》で相殺した5つの法は。

 第五、第六、第八、第九、第十。

 つまり、防ぎ切れなかった有効なのは第一、第二、第三、第四、第七となる。

 第一は第二から第十を守らせるもの。

 第二は死の制限時間の設定。

 第三は透の言葉を否定すること。

 第四は透とのコミュニケーションに対する沈黙の制限時間の設定。

 第七の法は……“動くな”という法。

 ほぼ無意識に行動していて気付かなかったけれど、あれは……何故突破できたのか?

 《白夜月光》で相殺できていないのに……。


 ――――せっかくの美肌が荒れちゃうじゃないですかぁ、もぉ。良い化粧水とハンドクリーム紹介してくれます?


 サマエルが持っていた透明剣は私の天使の輪を消した。

 と同時に、あの瞬間は透の《絶対王政》も消えていた……?


 《白雪之剣》でも、なぜか無効化できない能力がある。

 それはゼロの《運命之環》や、透の《絶対王政》。そしてそれらの相殺に特化した、私の《白夜月光》。

 この特殊なカテゴリーに入る能力は、通常であれば無効化できない筈だけれど、サマエルは容易に消して見せた。

 つまりサマエルの真の能力は、どんな能力も例外なくジェネシスごと消滅させることができるということ。

 Fランクの無効化の、上位互換。更に広い範囲でジェネシスを消すことに特化している能力者。

 現状、脅威は“それだけ”だ。

 飽くまでも透明剣の届く範囲で、且つそれを刺したり、触れるという条件があり、その条件から外れると“元に戻る”。サマエルの透明剣が私から抜かれた時、《白夜月光》は再発動することなく元に戻ったからだ。

 もしサマエルの透明剣がもっと完全なものであれば、透の《絶対王政》もリセットされ、第一からやり直しになった筈。でも消滅したのは第七の法のみで、それ以外はそのまま元通りになっている……そう考えるべきだ。

 サマエルの消滅の力は今回は私にプラスに作用したけれど、もし“透明”の力が全てのランクを無視するものなのであれば……?

 Gランクの脅威にすらなりえる……その可能性がある。

 まあ、いい。今考えるべきことはそうじゃない。

 重要なのは、相殺できなかった法があり、その効力は未だに続いているということ。

 そして透は意図的に第八から第十の法を発動し、「死ね」と命令し選択肢を奪った状態で私に相殺させた。

 有効になったままの法で本体である私を絡め取る戦術を、まだ続けるつもりだと考えていい。


 《鐘楼時計》――ショウロウドケイ――


 パチンと、指が鳴る音がする。

 音源は透が発したものだった。

 透の背後に、巨大な時計塔が具現化される。通常の0から12の数字ではなく、10から0までしか書かれていないおかしな時計だった。

 時計塔は鐘も設置されており、もの悲しく鐘の音を鳴らしている。


「なに、そう警戒することはない。時計を出すだけのチャチな能力さ。僕らの命……。その残り時間がちょうど10分を切った。分かりやすいように、君にも時間を見せてあげようと思ってね」


 やはり透は、最初に設定した第二の法で私を殺すつもりだ。

 けれど、時計塔の示す時間が、本当の時間である保証はどこにもない。

 時間を確かめようにも、腕時計もスマートフォンの時計表示も、メアリーの《瞬間停止》で動作していないから、確かめようも無い。

 まず、間違いなくフェイクだと見ていい。

 必死に戦っていた私に、正確な秒数感覚なんて無い。

 時間を誤認させて殺す。地味ではあるけれども、有効な手ではある。

 けれど、あまりにも地味だ。どこか透らしくない妙な違和感もある。

 確かなことは、私の意識を、《絶対王政》の第二の法と、時計塔の時間に誘導したという事実。

 つまり、私を殺す手段として、“別の本命”があると考えるべきだ。他の法か、未知の能力か、それとも単純な不意打ちか。分からない。でも恐らくは、判断力を奪った極限状態でダブルバインドで絡め取り殺してくる可能性が高い。


(《絶対王政》を解除する能力を2周目は持ってる?)

(……いや、それは私には無い。《白夜月光》は持ってない。それに、絶望ちゃんも《冥府魔道》の効力を弱めるのに使用済みだし)

(…………)

(でも、2周目である私も、3周目の絶望ちゃんも透には既に勝ってる。今回は私の援護もあるし、4周目のキミが負けることはあり得ないよ)

 そう、その通りだ。

 私は……何を……恐れている?


 カチリ、と針の音が響き、10の針が9の針へ移動する。

 ゴォンと鐘の音が響き、私の判断を急がせてくる。


「……っ」

(時間が無いのは事実。行って。何か妙な動きがないかは私が全力で見張ってるから。3周目も言った筈だと思うけど、半径3メートル以内には近づかないでね)

(“そこ”に何があるの?)

(透は《生殺与奪》っていう半径3メートル以内の生物を即死させる能力を持ってる。《冥府魔道》発動時しか使えないみたいだけど。とにかく、近づかないで)

(……分かった。そっちもお願い)

(了解)


 2周目も私の尋常じゃない警戒心に何か思うところがあったのか、声の余裕は消え、冷徹に透へ意識を集中させてくれたみたいだ。


 私は翼をはためかせ、透の間合いに踏み込む。


 《多重展開》――タジュウテンカイ――

 《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――

 《審判之剣》――シンパンノツルギ――


 透をかばう様に剣が空中に浮かび私に向かってくるので、《諸刃之剣》で刃の部分を打つ。一瞬私の動きは止まる。けどこの動作は明らかに“誘導”されている。直感のみに従い、


 《天衣無縫》――テンイムホウ――


 すり抜ける能力を発動すると、同時に銃声。

 時計塔の影に隠れるように浮かんでいた拳銃が私の身体をすり抜けて虚空へと消えていった。


(……っ)

 2周目が無意識に息を呑む声がチャネリングを通して伝わってきた。

 恐らく、これは予定外の攻撃。

 これが、透の“怖さ”だ。

 同じ過去を繰り返しても同じ結果にならない。

 透は過去の周回で行動したであろう自分を想像し、上回ってくる。

 こちらのタイムリープによる経験の強みを、過信という弱みに変えてくる。

 その発想に至った瞬間。


「――――っ」


 ……?

 天啓のような言葉にできない直感が、脳裏を稲妻のように駆け抜ける。

 けれど。

 脳裏に何かが閃いたような、気付けたような気がしたのに、それが分からない。

 言語化できない。

 でも“致命的”な……何か。

 私は、透の致命的な何かを見落としている……。

 ……この戦い。普通に戦えば負ける。

 そう直感する。

 過去の自分を含めてこっちの戦力は明らかに透を大幅に上回っている。

 けど……この悪寒の正体は何?

 さっき透に接近戦を挑めず足を止めたあの躊躇と、この悪寒の正体はきっと同じだ。


「……フッ、今のを防ぐか。やはり一筋縄ではいかないようだね」

「……くっ」

「4周目。お前はジェネシスの力だけは恐らく過去最弱なのかもしれないが……心を解する者という意味では過去の者達をずば抜けて超えている。心を解する者という意味のみにおいて、生まれて初めて僕は、対等……いや対等以上の存在に出会えたのだと、君のことをそう思っているよ。うすら寒さを覚える程には、ね」

 透は私の恐怖を見透かしているかのように、警戒心を滲ませつつも微笑する。

 先ほど怒り狂っていた暴君の顔ではなく、徹底的に心を暴いて掌握する名君の顔……とも少し違う。

 かつての殺人カリキュラムで、先輩と相対した時の表情と似ている。

 底が見えたような気がしたのに、透のことがまた分からなくなる。


「――――今ので分かっただろう。最後のチャンスをやろう、“2周目”。日和っているのは4周目ではなく、むしろお前の方だぞ。見てないで、本気で来い。このままでは4周目が死ぬことになる」


 2周目が参戦すれば透にとってはデメリットしかないのに、何故か2周目を、透は煽る。これは狂気……?

 いや……違う。

 狂っているように見えるけれども、これは違う。

 ――――ダブルバインドだ。

 相手の選んだ選択肢を、もう一度問い返すことで疑念を湧かせようとしている。

 2周目に対し、敢えて誘う。何故こんなことができる?

 透は……私がまだ透を殺せないと確信している……からだろうか?

 私は、透をこの目で見定めることで、その本質を知り、その対極を探ることでGランクを知ろうとしている。

 それを逆手に取り、この男は自分の命を餌にして、2周目を揺さぶっているのだ。

 ここで2周目が参戦を決意すれば、透を殺し切ることはできるだろう。

 でも……Gランクが遠のく。そして透は死ぬ。

 透は……死ぬことを望んでいる?


 ――――人間が悪であることを証明し続け、僕以外の、人間自身の手で、人類を滅亡させること。それが、僕の“願い”だったんだ。


 我を失い、一瞬だけ狂乱した透はそう口走っていた。

 私のGランクへの道を握り潰すことで悪を証明し、私をSSSにさせ、絶望させ、私を人類を滅亡させるように誘導すること。

 それが……透の思い描いている未来絵図なのだろうか……?

 私にとって、透を殺すことは勝利条件ではない。かといって、生け捕りするような余裕も無い。殺すことは確定している。でも、透を殺す前に私は透を見定めなければならない。

 あまりにも難易度が高すぎる勝負ではあるけど、2周目のバックアップがある今なら、その道も現実的ではある。

 そしてそれは、2周目も理解できている筈。


「最悪、そうしますよ。でも、4周目を信じていますから」


 2周目は毅然とした態度で、透の言葉を切り伏せる。

 その言葉は確信か慢心か。その答えはまだ分からない。

 でも、確かなことは――――


 《明鏡止水》――メイキョウシスイ――

 《天衣無縫》――テンイムホウ――

 《全身全霊》――ゼンシンゼンレイ――

 《一騎当千》――イッキトウセン――


 《諸刃之剣》の刀身にジェネシスを込め、透へ鎌鼬のように《一騎当千》で飛ばす。

 敢えて私は速度を変えていなかった。ここぞという時に加速する為だ。

 透は一瞬、ほんの一瞬だけ2周目に意識を集中し過ぎた。

 その意識の隙間を縫うように、一撃を叩きこむ!


 一瞬の静寂の中、時間の結び目を縫うように。


 私の一撃は透へ吸い込まれ虚空へと消えた。

 私の全身から血が噴き出し、慌てて距離を取りつつ《聖女抱擁》で再生。


「《千波万波》封印。相殺指定、《飛翔蒼天》」


 透の五つ目の能力を封印。これは透が多用する攻撃の能力……。初めての“当たり”だ。

 代償に、私も能力を一つ相殺封印する。

 僅かな光明が見えた。

 透をランクダウンさせ、白に戻すこと。

 それが、2周目でも3周目でも不可能だった、私の、私だけの道。

 迷わず、私は私の道を行こう。


「…………」


 一撃くらったにも関わらず、透は無表情のままじっと私を見ていた。

 その目には“感情”が無かった。

 視界にノイズが一瞬走り、デジャブで透の姿がリリーと重なる。

 かつて《白雪之剣》の脆弱性を看破した、リリーの目と同じ。

 殺すと決めた獲物の、弱点を探り、冷酷に見定める眼差し。

 快楽殺人鬼だけが見せる、冷たい集中力。


 思わず、私はごくりと喉を鳴らす。

 ……この戦い。恐らくは過去の私と透とのやり取りとは別次元と考えるべきだ。

 全ては未知。既知に見える事実も、疑わなければ勝てない。

 さっきの意味の分からない悪寒の正体の答えも、恐らくはここにある。


 私の逡巡を嘲笑うかのように。


 ゴォン、と時計塔の音が鳴り響き、針が『8』の数字を指した。


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