第15話 Clear≒White⑳【白雪セリカ(4周目)視点】
「さっきの一撃は完璧だった。が、破られた。と同時に、奇妙な気配を感じた。君の中に“何か”いるね。3周目以外にも、いるんだろう? 恐らくは1周目、2周目がな。ジェネシスが枯渇すれば出てくるのか? だが敢えて今は、《審判之剣》は使わないよ? ここで確実に本体であるお前を殺す為にな。お前に噛みついてる亡霊たちにも、既に命令は下してある。適度にジェネシスを食え、とな。だから気絶するほどのジェネシスが枯渇することもない。希望は捨てた方がいい……。その方が楽に死ねるからね」
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
「かはっ」
凄まじい重力に引かれ、地面に叩きつけられてうつぶせになる。
私は顔だけを上げて、透を直視する。
化け物じみた漆黒の目が、私を静かに見下ろしていた。
透は怒り狂いながらも、しっかり私を観察していたのだ。
確実に、その手で私の命を終わらせる為に……。
「…………っ」
「オメガが僕の死を確信したのも、今なら納得できる。シラユキセリカ……僕と同等の力を持つお前が、ループ前の精神体を含めて4人がかりで僕を力づくで抑え込めば、流石に僕に勝ち目はないだろう。自分自身を4人に増やす……という思考。到底凡人が考えられる世界ではなく、実行することもできないだろう。となると、発想の“元となる”何かがあった筈だ。恐らくルーツにあるのは、先ほど見かけた解離性同一性障害の少女の影響か。シラユキセリカ、お前の“本当の強さ”は、“柔軟性”だな。相対した人間の影響を受けやすいお前は純粋であるがゆえに、染まりやすい。が、だからこそ、自分自身にその力を取り込み、吸収することができる……。これは、未知を既知に変え続け無限に成長する大器晩成型の特徴だ。奇しくもヒキガエルと同じか……。僕を即座に殺さず、弱体化させようとしたのも、Gランクへの足掛かりを掴む為か。良くも悪くも僕とお前が目指すもの、見ているものは対極だ。僕という存在を見定めることができれば、その対極にあるものがGランクなのではないか、という発想も今なら分かる。まぁ、その狂気じみた希望への執念もここまでだがな……」
「あ、なたは本当は……悪を憎んで……っ」
「あ? ああ。そうだね、お前だけだよ……。お前だけが、僕の真意に辿り着いた。褒めてやるよ、シラユキセリカ。お前ほど“心”を理解できる人間は今までにいない。そして恐らく、これからもな……。僕は、本当は悪を殺したいほど憎んでいる。だがね、悪を憎み始めると、次の感情はとても不可解なものでね」
「……?」
「善や正義、幸福や平和に対する果ての無い憎悪さ。悪を憎み始めるのはただの“始まり”に過ぎなかった。悪を憎めば、その先にあるのは、悪から目を背ける偽善者への殺意だ。僕は、この法治国家の、少数の犠牲者を肯定することで、加害者を許し、野放しにするシステムが許せない。だから、解放してやろうと思ったんだ。全ての犯罪者を、悪を、自由というエサで開放し、暴れ狂わせ、悪から目を背けるゴミどもの阿鼻叫喚を聞く為にね。犯罪被害者の感情より、国益や加害者の人権を優先する究極の偽善者どもに、悪の世界を見せてやりたかった。犯罪被害者ではなく、犯罪加害者を養護、見ないふりをする者に、鉄槌を下したかった。彼ら自身、もしくは彼らの家族や友人が、彼らが肯定した悪により拷問、凌辱、惨殺でもされれば、悪を肯定するということがどういうことなのか、理解してもらえると思ってね。悪の、悪の悪の悪の、悪の……世界……をな……。どうせ殺人鬼だけの世界になれば、殺人鬼同士で殺し合いを始めるだろう。本当に、愚かで、ゴミみたいな生き物だからな、人間というものは」
透は冷静に見えて、やはり狂っている。
語尾があやしくなり、また目の焦点が合わず、瞳孔がゆらゆら揺れている。
「透……。それなら、どうして……《赤い羊》のメンバーを選んだの?」
「……何が言いたい?」
「悪を解放したいなら、刑務所にでも行って、手当たり次第に犯罪者に《狂人育成》すればいいのに、どうしてそれはしなかったの……?」
「…………」
また、自己矛盾だ。透は論理的に見えて、かなり滅茶苦茶だ。
この滅茶苦茶な部分が、恐らくは透の狂気の正体……。
「彼らには救う……価値が……あったから……」
悪の解放。
悪への憎悪。
自由という名の嘘。
平和への殺意。
悪を救う者。
悪による人類救済。
名君と暴君の二面性。
一貫性が無い思想なのに、それらの感情を同時に抱いて自己矛盾によって壊れたのが、今の透の姿なのだろうか?
そう理解した瞬間、背筋が震える。
透の姿がそのまま、もう一人の私に見えたからだ。
「そう、か……。思い出したよ、僕の本当の願いを……。なんで忘れていたんだろう」
私がその発想に至るのと同時に、透は涙を流しながら微笑った。
「――――人間が悪であることを証明し続け、僕以外の、人間自身の手で、人類を滅亡させること。それが、僕の“願い”だったんだ」
透は泣きながら微笑っていた。
「ありがとう、シラユキセリカ。君のお陰で、僕は本当の願いを思い出すことができた。だから、楽に殺してあげるよ。痛みを感じる暇も無く、この銃で」
透は何度か私を殺そうとしたあの銃を懐から出して、私の顔へその銃口を向けた。