第2話 インモラル・エクスタシス④
赤染は妖艶に微笑んでいた。学校で見たことが無い黒い笑顔。こいつの、素の顔なんだろう。赤染には翼が生えていた。赤い翼だ。スカーレットジェネシスを形態変化させ、翼の形にしたのだろう。こいつも、“感覚的”にジェネシスの使い方を知っている! さっきの花子の攻撃を回避し、跳躍した時に発想していたのか。異常なまでに早い。その驚異的な適応力の高さが、今はただただ脅威だ。
このままでは殺される。俺の手に武器は無い。セリカで両腕がふさがっている。とてもではないが、空中戦などできない。なら、取れる選択肢は一つしか無い。
「こう見えては余計だ」
俺は冷笑し、両足に集中していたジェネシスを背中へ移動させる。そして、
「すぅ……」
意識を集中する。イメージする。飛んでいるイメージ。
具体的な生物をイメージしよう。烏が良い。
烏のように黒く、烏のように狡猾に。飛べ、飛べ、飛べぇぇ!
俺の背中から、真紅の翼が生えてくる。ジェネシスの形態変化に成功したのだ。
「見よう見まねで、即興? まさかここまでとはね」
赤染が驚いたように言う。
「優等生のお前に賞賛されて嬉しいよ」
「できるのにやらない劣等生のフリしてる人間って、ムカつくわね。ここで摘んでおかないと、絶対にあなたは厄介な存在になる」
赤染が苦々しい笑みを浮かべ、距離を詰めてくる。両腕がふさがっていることに変わりない。状況は圧倒的不利。どうするどうするどうす――――
「先輩、私も戦います。私が、先輩の目になる。だから、本気で飛んでいいよ。もう絶対に足手まといにならない」
セリカが必死に提案してくる。俺は一瞬セリカの目を見る。
「っ」
息を呑む。強い目だ。さっきの無様に死にかけていた少女とは思えない、何かを圧倒するような風格がそこにあった。そうだ、この目だ。
不覚にも思い出す。生き物を弄んで殺していたあの頃を。
それがセリカにバレてしまった瞬間を。
清く愚かでか弱いセリカもカワイイが、覚悟を決めたセリカの姿はどこか神々しい。
「……分かった、赤染を倒すぞ」
「うん。先輩は、私が守る」
強く頷いたセリカからあふれ出すのは、ピュアホワイトのジェネシス。綺麗だ、と、危機感を一瞬忘れて魅入りそうになった。なんて、綺麗なんだ。
守る? セリカが俺を?
どういう意味だ、それは。戦いで、という意味には取れない。だが、何故か確信できる。
セリカは本当に俺を守ろうとしている。何から? 分からない。
だが、俺が思っているほど、セリカは弱くないのかもしれない……。
「先輩、剣を貸して」
セリカにねだられるまま、俺は「キルキルキルル」と唱える。
空中でセリカは俺のスカーレットの剣の柄をか細い両手で握る。
「女の子を両腕で抱えながら勝負だなんて、ナメられたものね私も」
赤染は軌道を読まれないためか、ジグザグに空中で神速で動きながら、突っ込んでくる。一撃で決めるつもりか?
俺もジグザグに飛びながら、「先輩、少し右!」
セリカの叫びに合わせ、軌道を僅か右へ逸らす。
――――ヒュン。
何かが頬をかすめる。
「惜しい」
赤染の声で気付く。赤染の投げた剣が頬をかすめたらしい。
お互いにジグザグに動いている完全未経験の空中戦で、的確に俺の首を撥ねようとする度胸と正確性が恐ろしい。やはりこいつは本物の化け物だ。
「キルキルキルル! キルキルキルル! キルキルキルル!」
赤染が何度も剣を具現化させては投擲してくる。回避行動に専念するが、一本を回避すれば二本目、二本目を回避すれば三本目、三本目を回避すれば一本目の直撃が免れない。軌道を先読みし、どう回避しても直撃するようシミュレーションもしているらしい。
「くっ!」
ぐるぐる回転する剣がすぐ目の前に迫る。避けられない。一瞬で死を悟る。どれほどシミュレーションしても回避しきれない。これは、当たる。
――――異能を使おう。
俺の思考の深い深い心の部分から、轟く惛い声。
ジェノサイダーになった瞬間、俺は俺という人間を理解した。してしまった。
異能のことも、その使い方も、その全てを。
……使うしか無い。できれば、やりたくなかった。
だって、この異能は…………俺の一番残酷な部分だから。
この異能を使えば、簡単にセリカをオモチャに出来る。殺人鬼にも、出来る。
カワイイ俺の天使。狂った姿も、きっとカワイイんだろうなぁ……。
セリカ、俺はずっと前から、お前のことを――――




