第15話 Clear≒White⑲【白雪セリカ(4周目)視点】
そ、それにしても……。
見えない。何もかもが。
透のジェットブラックジェネシスが空間と同化し過ぎていて、視界が断たれている。
この状況で先ほどのような、高出力の攻撃をくらったらひとたまりも無い。
そして何より、能力効果が“視界を奪うだけ”とも思えない。
3周目曰く、この《冥府魔道》は透にとって二つ目の切り札。
天使の輪が現れる能力の条件についての詳細は分からない。
けれど、ゼロの《運命之環》と、私の《白夜月光》発動時に具現化したことを考えると、共通するのは運命を操る因果干渉能力だということ。
他の運命干渉能力もあるけれど、今のところこの二つでしか確認できていない。
決めつけるのは早計かもしれないけど、透の《冥府魔道》も運命干渉力がある可能性が高い。少なくとも、視界を奪うだけとは考えられない。
必ず、何かある筈……。
透の能力も未だ全て把握できていない。
けど、いくつかはっきりしたこともある。
悪による人類救済という思想。
自由への憧れと平和の両立ができない自己矛盾。
弱者を完全淘汰したのち、殺人鬼のみの存在を許し、且つ彼らの力を拮抗させることにより無理やり力関係のバランスをプラマイゼロにし、平和を実現する。
それら全ての思想は、能力としても反映されている筈。
透の本当の姿が、少しずつ見え始めてきた。
けどそれは同時に、私の精神が透に近づいているということでもある。
私と透の精神的距離がゼロになった時、お互いに変色するのかしないのかも、この戦いにおける重要なファクターだ。
もはや『運命の環』は崩壊している。
透から白を引きずり出すような余裕も……無い。
今までの冷静で理知的な名君としての透ではなく、なりふり構わず宿敵を全力で抹殺すると殺意を迸らせる暴君としての姿もまた、透の二面性なのだろう。
その苛烈な一面もあるからこそ、花子やヒコ助などの暴徒的な性格のメンバーを従えられていたのだと、今なら理解できる。
……ここで私が殺すしか、無い。《諸刃之剣》なんて使ってる暇は無い。
本当はこの道は避けたかった。けれど、生き残るとはそういうこと。
間違いなくGランクへの道は遠のくだろう。
けれど、最善手のみ差しているだけで全ての勝負に勝てるなら、誰も苦労はしない。
悪手だとしても、分かっていても、打たざるを得ないこともある。
そして頼りになる光は……《白夜月光》の月明りだけ―――
《白夜月光》――ビャクヤゲッコウ――
《秋霜烈日》――シュウソウレツジツ――
私の懸念を吹き飛ばすかのように、二つ目の満月が世界を照らす。
そして七つの白き火柱が地面を直立し、具現化される。
黒き闇が晴れ、白き炎と月が希望のように淡く煌めている。
(4周目。《諸刃之剣》による弱体化プランは破棄。視界の闇はこれで問題ない筈。透はそっちに任せるから、確実にここで殺しなさい。できれば、3分以内の短期決戦が望ましい。特に接近戦では半径3メートル以内には近づかない。それから《冥府魔道》の本当の力は――――)
(3周目……)
正直、かなり助かった。
「よそ見とはいけねぇなお嬢さん!」
(……っ)
バチバチとジェネシスとジェネシスが諸突し弾ける音とサマエルの声が響く。
一瞬だけ視線を送ると、接近戦を挑むサマエルに異能力は使用せず、凶器化による盾とスノーホワイトジェネシスを直接ぶつけているようだった。
サマエルは“透明”で、普通のジェノサイダーではない。
戦い方も特殊な方法になるのかもしれない……。
見た限り、向こうも相当苦戦しているようだ。
ジェネシスが全快した3周目であれば、さっきみたいに一瞬でやられるなんてことは無いと信じたい。
……つまり。
3周目が敗れれば2対1となり、確実に詰むことになる。
同様に、私が敗れても詰み。私無くして3周目は存在できない。
何としても透を早急に殺し、3周目の援護へ向かうのが私の役目だ。
……できるだろうか?
いや、違う。やるしかないんだ。
透の能力は不気味ではある、けど行くしかない。
その選択が誘導されたとしたものだとしても、その誘導ごと破壊するような一撃を叩きこむ。透は中距離戦が得意だけど、私は近距離が得意だ。
まずは間合いを詰めて、確実に……殺す。
3周目の警告通り、半径3メートルには近づかないように注意を払いつつ。
私は深く息を吸い込み、恐怖を置き去りにして翼をはためかせて透の元へ突っ込んだ。
「キルキルキルル」
透の右手に具現化される、漆黒の剣。
《多重展開》――タジュウテンカイ――
《審判之剣》――シンパンノツルギ――
4つ同時に具現化された《審判之剣》が、刃の矛先を私に向けながら浮遊する。
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
意思を持ったかのように4つの剣は上下左右に展開され、私に直進してくる。
でも、遅い。
今の《全身全霊》と《明鏡止水》を使ってる私にはスローにしか見えない。
4つの剣の間を縫うように前進し、透の元へ向かう。
半径5メートルぐらいの距離まで接近。それまで、不気味なほどに抵抗も無い。
透は剣を構えることすらせず、だらりと右手で握って刃を下げており、とにかく隙だらけだった。
けど何故か透は……微笑っていた。
今までの貴公子の悠然とした笑みではなく、破滅する弱者を嘲笑するような悪意の微笑み。
「――――っ」
内心の動揺を噛み殺し、私は《白雪之剣》を投擲する姿勢に入り、剣を投げようとするも何も手ごたえが無かった。
手に持っていたはずの剣は消えていて、私はむなしくただ投げるだけの動作をして――――強烈な虚脱感に襲われる。
異様に眠くなる。視界が朧になり、意識がかすみそうになる。
こ、これは……ジェネシス切れ? いや、ありえない。確かに《全身全霊》と《明鏡止水》は発動したけれど、まだまだ戦える筈だ。ジェネシス切れなんてありえない!
だが、今まで見えなかったものが見え始める。
「あ、ああああっ!?」
腐った人間の顔が、大量に私にまとわりついていた。
頬がこけ骨露出していたり、蛆が湧いていたり、目が飛び出していたり、老若男女の死の顔がそこにあった。自我があるのか無いのか、感情は感じない。
あるのはただただ飢餓感のみ。
腕、首、足、腰……数えるのも恐ろしくなる程、身体中に集合して、私の身体を噛んでいる。黄ばんだ歯は私のスノーホワイトジェネシスをかみ砕き、飲み干していく。飲み干した先に身体なんて無いのに……。
ジェネシスを……食われている……!?
“これ”は……一体……?
今まで、なぜ見えなかった……?
「“それ”はね、何故かジェネシス切れに近づかないと見えない。そして、“それ”が何なのかは明確には能力を使用している僕ですら分からない。ただ、“在る”ということしかね。これは個人的な想像でしかないが、人間は死に近づくと、今まで知覚できなかった死者の怨念とやらを認識できるようになるのかもしれないね。僕たち人間が普通に生活している世界にも“それ”は大量にいくらでもどこにでも“在る”が、死に近づかなければ見ることすらできない。人間が殺人や死に対し無意識に恐怖心を抱くのは、“それ”を身近に感じることになるからだろう。だが“それ”自身と同化すれば、もはや殺人や死への忌避も無い。僕はね、“それ”と友達になったのさ。生者の価値観は一度死ねば、死者と同化し崩れ去る。シラユキセリカ……。お前は死ぬしかない。ここで、死ぬしかないんだ……ククク」
「透……っ」
「悪に身を堕とした者が最後の最後に到達する場所が、“それ”だ。墓場と言ってもいい。せいぜい、好きに生きることだ。死からは誰も逃れられない。“それ”と同化し、やがて自分が何者なのかすら分からなくなる。フフッ、ハハハハハハ!」
透は既に私を見ていなかった。
“どこ”を見ているのか……。
透の目は虚空だけを映し、その目の奥には虚空しか無かった。