第15話 Clear≒White⑰【白雪セリカ(4周目)視点】
落ち着け……っ。
焦っちゃ駄目だ。上手くいくものもいかなくなる。
冷静に対処すれば、何も問題はないんだ。
透と殺し合うのだってもともとは一対一でやることを覚悟していたし、『運命の環』のことなんて今までの想定になかった。
もともと想定外しかない未来が揺らいだだけで、動揺し過ぎている。
恐れてはいけない、焦ってはいけない、迷ってはいけない。
落ち着け。私はまだ――――
「冷静になろうとしているのか……シラユキセリカ……。だがもうそんな猶予は与えない……。お前はここで死ぬんだ……。誰の目にも触れず、ひっそりとここで孤独に息絶えるんだ……。認めざるを得ない……。お前は僕と対極の存在……。僕は人を怪物に、お前は怪物を人に……。オマエはもう、死ね……。死んで……くれ……頼む……ここで僕の……為に死んでくれ……済まない……許して……くれ……僕を……」
《審判之剣》――シンパンノツルギ――
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
見えない何かに引かれ、地面に叩きつけられる。
突然のことで受け身を取りそこない、両の膝小僧が粉砕して激痛で気絶しかけるも、歯を食いしばって耐える。けど、よく見ると足だけじゃなく、右肩にも何かが貫通している。
こ、これは……。状況を飲み込むよりも先に、霞んだ眩暈を堪えて再生を試みる。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
急いで回復しようとしても、何故か能力が発動しない。
私を地面に叩きつける直前に、落下地点に《審判之剣》を具現化していたらしい。
しかも、私の拳銃が手元を離れ宙に浮いて透の元へ向かっている。恐らくは透が抜き取ったのだ。
これで……《守護天使》によるジェネシスの再生もできなくなった……。
《審判之剣》は、刀身に触れたジェノサイダーからジェネシスを発動させない効果がある……のか……。
既に《千波万波》が目の前まで近づいていた。
態勢を立て直す余裕も無い……。
私は霞んだ目で目の前の死をぼんやりと眺めていた。
(――――もう諦める?)
誰かの……声……。
ああ、そうか……これは……“小さな私”の声……。
いつの間にか小さな私は成長し、私と同じぐらいの容姿に変わっていた。
小さな私は、幽霊のように半透明の姿で私を見下ろしている。
手を後ろ手に組んで、私をじっと観察している。
彼女が見えるということは、私は今……絶望している、のだろうか……。
いや、違う……。まだジェネシスには余裕がある。
《審判之剣》で一時的にジェネシスが枯渇しているせい……か……。
「諦め……たくない……」
咄嗟に出てきたのは、それでもまだ未来への未練。
(……。この先、つらい事しかない。生きていれば、楽しい事や嬉しい事の方が少なくて、悲しい事やつらい事の方が多い。諦めなきゃいけないことの方が、叶うことよりもずっと多い。苦しんで苦しんで苦しんで、それでもその先にあるのは死だけ。なのに、それでも、生きて苦しむことをあなたは選ぶの? 未来に希望が無くても、生きようと何故思えるの?)
な、ぜ……?
分からない……。
私の代わりに死んだ先輩に報いる為か。
殺人カリキュラムで生き残った罪悪感か。
アンリと要を導いてきた決意か。
平和な日常を取り戻す為か。
全部そうだとも、全部違うとも思える。
ただ、一つ言えるのは……。
「やりとげて、死ぬために……」
(やり、とげて……?)
「たとえ敗北しかない、どうしようもない人生でも……死ぬその瞬間に、やりとげたって、たとえ幻想でも……そう思って死にたいから……っ」
(……そっか。それなら、仕方ないね)
そう言って、小さな私は困ったように微笑う。
「あなたは……まさか“1周目”……なの?」
1周目は一体どのくらい長く生きたのか、その時間は想像するしかない。
もし、数百年単位だったとして……。いや、そう仮定することも……できる……。
《起死回生》は、時間を、記憶を代償にして巻き戻す。
それを限界までフルで使用した場合、どうなる?
巻き戻す時間が百年単位だった場合は完全に想定の範囲外だ。
記憶どころか、意識が消し飛んでもおかしくない。
記憶以外の対価として、意識の全てが消滅するのか。
消えたとしたら、もう二度と生き返らないのか?
透の言葉を思い出す。
――――1周目は恐らく僕を完全理解し『雪の女王』になってくれたんだと思うよ。だが、そこから先がどうしても見えない。1周目が堕ちたのであれば、何故そこから先の2周目以降に繋がるのか。まるでミッシングリンクに似ているね。
もし……仮に、1周目が途方もないほどの時間を巻き戻して意識が死んだとして。そこに命を吹き込むような《処女懐胎》の能力を誰かが使用したら……?
小さな私は幼児退行していた。
最初は生まれたばかりだからだとしか思っていなかったけど、まさか今までずっと私を助けてくれていたこの人は――――
(いつか名前を付けてね、セリカ)
《空即是色》――クウソクゼシキ――
小さな私の手が《審判之剣》に触れると、空中に溶けるかのように消滅し、小さな私もまるで初めからいなかったかのように消えてしまった。
《審判之剣》が消えて私のジェネシスが復活したから、連鎖的に彼女も存在を維持できなくなったのだと思う。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
《白雪之剣》――シラユキノツルギ――
《一騎当千》――イッキトウセン――
「ハアアアアアッッッ!」
私は白き刀身にジェネシスを収斂し、そのままジェネシスを真空波の形状で放出し、暴発させながら無数の《千波万波》に叩きつけて霧散させた。
「……何が、起きた? まぁ、いい。もう銃は回収した。お前はここで終わりだ……。シラユキセリカ……」
「……」
銃を透に奪われてしまったのは、確かに痛い。
これでもう、今あるジェネシスでやりくりするしかなくなった。
でも、私に絶望している暇なんて無い。
もしあの子が1周目なのだとしたら、全ては私へと繋がっているのだ。
ここで終わらせるわけにはいかない。絶対に……。
本来の運命とは違うのかもしれない。でも、それでも。
たとえ透を力づくで殺してでも、私は前に進まなくちゃいけない。
進むしか……ないんだ……。
「透」
「シラユキセリカ」
「「ここで――――」」
「――――死んで」
「――――殺してやる」
私と透は、この時初めて対等になれたのかもしれない。
お互いの破滅を願いながら、決意と殺意を交叉させて。
――――私たちは静かに剣を向け合った。
それは、とても皮肉なことに。
透の語る、他者の死を踏み越えてでしか生物は生きられないという悪の答えであり。
また同時に。
お互いに凶器を構え合う拮抗という、悪による人類救済の平和の実現が不可能であるという答えでもあった。