第15話 Clear≒White⑬【白雪セリカ(4周目)視点】
(……)
(考えてる時間が無い。3周目、ある程度はそっちの指示も聞くつもりだけど、私の“自主性”を尊重するつもりなら、私は私の勝手で動くよ?)
(《白夜月光》を使うタイミングは一つ先だったんだけど……。まぁ、いい。それなら私の分を使って消耗を抑える。《絶対王政》も《運命之環》も、因果干渉能力。《白夜月光》の因果干渉で減算することは可能ではある)
(……そっちの協力姿勢が消極的過ぎるのはちょっとどうかと思うよ。もう少し色々教えてくれてもいいんじゃない?)
(『運命の環』の設計が乱れるリスクが――――)
(運命だかなんだか知らないけど、リスクを恐れてたら何も始まらない。フォローは全部そっちに丸投げするから、私は突き進ませてもらうよ)
3周目の消極的な態度にも何かしら意図するものがあるのだろうけれども、そんなの考慮しながら透とやり合える余裕なんて私には無い。
「……ジェネシスを使うつもりかな? なら、こうしようか。第5の法。僕及び白雪セリカは、《絶対王政》以外のジェネシスによる異能力の発動を禁ずる」
透は勘が良い。私の沈黙から何かを感じ取り、先手を打ってきた。
けれども。因果干渉能力と因果干渉能力が衝突した場合は、どちらが打ち勝つということはなく、相殺されるのであれば。
《白夜月光》――ビャクヤゲッコウ――
私はゼロの《運命之環》を半減させた能力を発動する。
白き満月が頭上に具現化し、その光が私たちを照らし、私の頭の上に白き天使の輪が輝く。
「それは、天使の輪……。そして第5の法ですら防げないか。ということは、君の因果干渉能力ということになる」
「天使の輪について、何か知ってるの?」
ゼロにもあったし、何か意味があるのだろうか。
「なんだ、知らないのかい? 天使の輪はね、ジェノサイダーにとって特別なんだよ。神が認めた数少ない人間にだけ下賜される王冠の代わりみたいなものさ。そうか……君も……選ばれてしまったんだね」
「神様……。透は会ったことあるの?」
「Gランクを目指す君の存在そのものがジェネシス全ての矛盾であり、しかも天使の輪まで持っている。これは……少しだけ恨みたくなるね」
透は質問に答えず、珍しく動揺しているように見える。
この話をしたところで先には進まないし、私は話を戻すことにした。
「……私から透に聞きたいことは、さっきの質問に答えてからにするよ。殺人を禁止することで一番得をする人間……だったね」
……その答えは、80億の上位層ってとこか。
ゼロはそう答えを出した。
確かに、世界の富の殆どを独占する富裕層は貧困層を“見殺し”にしている。
自分自身が栄えて富を独占し裕福でい続ける為には、利益を度外視して他人を助けるなんてことはあり得ないことだ。
財力だけではなく、権力等の力と呼べる物を持っている人間も、貧困層を見殺し、国によっては国民を戦場に送り込んで死なせることもある。
“本当の殺人鬼”は、自分で直接手を下して殺すことさえせず、不特定多数の人間の生殺与奪を握りながら安全な高みから弱者の死と破滅を、同じ人間の身でありながら見下ろす者……とも言えるかもしれない。
死ぬほどの枯渇を味わい、絶望する人間の敵はそうなる。
「殺人を禁止することで一番得をする人間。それは、平和を愛する人間だと思うよ」
「平和……か。なら、君の次の答えも必然的に一つに絞られるね。君にとって殺すべき存在は“平和を脅かす者”ということになるね。《赤い羊》はまさにそれに該当するわけだ」
「……そう、だね。もう話し合いでどうにかなるとも思ってないよ」
「ならば、平和を実現する為の殺人は肯定するのかい?」
「あなたの追い求める殺人鬼の為の世界に、平和があるとは思えないけど?」
「殺人鬼だけの世界とは突き詰めると、“弱者が存在しない世界”ということになる。全ての人間が殺人鬼であれば、お互いに殺し殺される脅威から、打算的な完全平和を望むことができるだろう。平和とは、“お互いに拳銃を突きつけ合う拮抗状態”でしか実現し得ないんだ。だから君は僕と対話することができている。殺人カリキュラムで何人死んだ? 死んだ彼らは、僕と対話する機会すら無い。それが、弱者という現実だよ。強者と強者がお互いに力が拮抗し、それがお互いに向けられている状態こそ、“真の平和”の状態だ」
「…………」
「僕は“真の平和”を実現しようと思っている。全ての弱者を淘汰し、ジェネシスを付与されたSSSとSSだけの国を作る。そうすれば戦争でも負けないし、国民同士お互いに尊重し合う平和な国が実現できる筈さ」
「……あなたは、“完全自由な世界”を求めているんじゃないの? 平和な世界と自由な世界は両立できないと思う。完全自由に生きるってことは、他者を踏み潰して生きていくことになる。歩くときに小さな虫がいるかいないか確認しながらいちいち一歩踏み出すのを躊躇しないように、人間が人間を破壊しながら自由を謳歌することになる。そんな世界は今もそうだし、例えSSとSSSだけの世界になっても変わらないよね? 力を持つ人間の頭がすげ代わるだけで、人間が持つ課題を何も克服できていない」
「……」
「あなたには、致命的な矛盾がいくつかある。
その綻びを紐解いていけば、あなたの本当の姿が見えてくるかもしれない。
はっきりしてるのは、自由と平和を求めているという矛盾。
まず、自由について。
透の言う自由としてジェネシスが挙げられるけども、そもそも誰にジェネシスを付与するかしないかは常に透に決定権があり、付与されてSS以上になれなければ殺され、SS以上になったとしても透の従者として、家畜のように生きることになる。
透を肯定するというということは、透に服従するということ。
結のように透を否定するようになれば、失敗作として否定される。
それは、“自由”じゃないよね?
それから、平和についても矛盾がある」
透はさっき、こう語った。
――――殺人鬼側が相手を殺せる理由は、簡単な話、ナメているんだよ。自分は絶対に反撃されないだろう、という傲慢が透けて見える。いざ誰かを殺しても、死刑にならない前例がある以上、たとえ警察に捕まり検察に起訴されたとしても、法が自分を守ってくれると思っている。殺害対象も反撃されない程度の弱い人間を選べば、自分が殺されることも無いと思っている。だから殺せるんだ。
ところどころ、透には加害者側の思想と、被害者側の思想が融合しているところがある。
被害者である弱者を殺して根絶することで、加害者だけの世界を再構築し、お互いの凶器を突きつけ合い平和を実現する。一見、殺人鬼の異常な思考に見えるけれども、冷静に考えるとこの考え方はおかしい。
これは、純粋な加害者側からは出てこない考え方だ。
なぜなら、加害者にとってその世界は都合が悪い。
全ての犯罪者にとって、被害者が存在しない世界というのは困るからだ。
詐欺をする人間にとって騙される人間がいない世界は都合が悪い。
窃盗をする人間にとって盗まれる人間がいない世界は都合が悪い。
殺人をする人間にとって殺人できる人間がいない世界は都合が悪い。
全て、悪にとって透の語る世界は都合が悪い。
なら、透は……透が望んでいる本当の願いは……。