第15話 Clear≒White⑪【白雪セリカ(4周目)視点】
「…………っ」
即答なんて、できない。
できるわけが……ない。
人間が生きる以上、存在しているだけで誰かを殺しているんだよ。
殺人とは、悪ではあるが、問題解決の手段さ。必要悪とも言える。
殺人を禁止にすることで、一番得をする人間は誰か?
“誰を”殺すのが最善なのか。
「おや、だんまりかい。少し難しかったかな。まぁ、大人げないとは自覚はしているんだよ。十代半ばの小娘である君と、僕では、あまりにも見てきたものが違い過ぎる。君が知っていること、君が見てきた世界、その全ては僕の見てきた情報量に劣っているのだからね……」
「……」
3周目に視線を向けるが、3周目は突き放すかのように無言で、目も冷たい。
「君はリリーを殺し、ここまで来た。殺人という手段を用いて、未来を切り開いたということだ。正当防衛という考え方で僕の問いを躱すのも手ではある。だが、それは殺人を問題解決に用いることを認めるということでもある。どこかの法廷のように刑法、判例でも根拠にするかい? そう、人は法を否定することができない。法に従っていれば、法治国家の庇護を受けられると思い込んでいるからだ。だがそれはただの誤解で、法治国家が保護するものが必ずしも国民とは限らない。本当に国家が国民を重んじるのであれば、自殺率はもっと低い筈だし、あらゆる犯罪に対する司法の緩すぎる判決も無い筈だ。被害者の死者より加害者の生者の方が、納税する可能性があり国益に繋がるからだ。司法にとどまらず、悪政も然りさ。国民が暴徒化するのは、上位者にとっては都合が悪い。なるべくおとなしく、言われるがまま納税し、奴隷のように死ぬまで静かにしておいてもらいたいんだよ。だから、家畜化する。法とは何か? 人間が人権を獲得する為のものだろうか? それは否だ。法とは、知能の無い猿を人間として知能をある程度仕込んだ後、暴徒化しないよう緩やかに家畜化する為の首輪に過ぎない。そもそも、僕らはいつ選挙制度を認めた? しかも世襲制の茶番だ。僕らがいつ民主主義を求めた? 生まれながらにあり、抗えないから、ただ従うしかないだけだろう? 偽りの公平感に騙されている。それが圧政とどう違うんだい? 学力が高い者がエリートでありトップに立つべきという思想もあるが、今までエリートである彼らが国民にどんな利益をもたらした? 勉強が出来る者が必ずしも有能とは限らない。そして、学力ではなく実力主義に目を向ければ、実力主義に目覚めた者は自分の為にしかその力を使わないときたものだ。家畜化された凡人では、一生死ぬまで抗えない。自分が檻に入れられたことにすら気付けないのだから。だから、家畜化された国民は思考することすらできないまま、不幸になっていくんだね。権力者に言われるがまま法の洗脳を受け家畜化されてしまったからこそ、現代の人々はただ労働するだけの機械、あるいは食事と排泄のみを繰り返すだけの、生きるゾンビのようになってしまった。僕はね、“人権”を取り戻したいんだよ。先ほども言ったが、人権とは誰かに与えられるものではない。自ら、勝ち取るものなんだ。僕やゼロのような起爆剤が、これからの世界には必要なのさ。家畜の目を覚まさせる一番良い方法は、恐怖に震えるほどに惨たらしい“死”だ。身近な人間を殺してやれば、目を覚ます。あるいは、発狂するほどの飢餓でもいい。家畜は飢えた時点で家畜ではなくなる。その時初めて、人間として覚醒できるんだよ。……おっと、また少し長くなってしまったね。では、少しずつ詰めていこうか。改めて問うことにしよう、白雪セリカ。“殺人とは悪”かい?」
「………っ」
透は……ただの殺人鬼ではなかった。
一種のテロイズムに近い……考え方。
ただのテロリストであれば、警察やら軍で制圧し、司法で裁いて死刑にすればいい。
でも、ジェネシスという力はあまりにも理不尽で、ジェネシスを持たない人間では抗うこともできない。透を逮捕して裁くことは恐らく不可能だ……。
ジェネシスを使いこなし、不死であり、洗脳に特化したカリスマ性を持ち弁も立つテロリスト。
悪の覇道を説き、悪をあらゆる問題解決の手段として用いることができる人間。
そして口先だけではなく、独特な思考を持ち、且つ行動力もある。
透の根っこにあるのは、ただの悪ではなく、悪を用いた先にある人類救済。
違和感はあった。透のような人を導けるような男が、なぜ殺人鬼の育成にこうも拘るのか。
《赤い羊》への、違和感……。それが、ようやく紐解けた。
この男なら……恐らくは……実現し得る……。
殺人鬼の、殺人鬼による、殺人鬼の為の世界を……。
“完全自由”な世界を……。
透の言葉に誘発され、ヒキガエルの言葉が脳裏をよぎる。
♦♦♦
お前は分かってない。《赤い羊》に所属しない方が、危険だ。
透は、本気で“自由な世界”を実現するつもりだ。それが実現すれば、法も、国も、全てが崩壊する。戦争よりも醜悪な、殺人者だけの世界を透は作るつもりだ。そして透ほどの力があれば、恐らくいずれは実現する。僕は死にたくない。絶対に死にたくない。強力な力を手に入れて、僕だけは生き残る。滅びる国で馬鹿な国民として生きていくぐらいなら、僕は透に力を貰って“最強”の存在になる。生きて、生きて、生き延びる為にッッ!
♦♦♦
狂ったように透と、透が作ろうとしている世界に怯えて叫ぶあの声の正体は、これだったんだ……。
鳥肌が立ち、全身に寒気が走る。この男は、常軌を逸している。普通じゃない。ただの犯罪者としても括れない程に、何かがおかしい。
透のような思想とカリスマに惹かれる人間は、必ず一定数は存在するだろう。
透は人を導くことができる。攻撃するだけではなく、手を差し伸べる包容力がある。
そしてそれが、得体のしれない求心力にも繋がっている。
……こ、こんなのを相手にしていたのか……と思うと、おかしくなってくる。
私みたいな凡人が、こんな頭のネジが何本もぶっ飛んでるような、天才という言葉ですら生ぬるい、人間の皮を被った何かに……ずっと戦いを挑んでいたというのか……。
だけど、私の困惑とは裏腹に、私からは白きジェネシスが溢れ出す。まるで透に呑まれないよう、抗わんと言わんばかりに。
「……」
白いジェネシスを見て、アルファの言葉を思い出す。
♦♦♦
私は“安らぎ”によって“死の母”になることを決意しました。私は多幸感の全てを供給することによって、全ての人は生そのものへの未練を完全に断ち切ることができると考えます。人間はどうしても知能がありますから、約束された死に対して、言い訳を探すのです。自分の死に納得するための、自分だけの理由を、人生の全てを賭けて探すのです。それが生というものの、唯一の価値です。むしろ、そこにしか生に価値はありません。殺人が悪とされる理由は、その理由を探すその人だけの結果を、まだ見つけられていない状態で殺してしまうから。それは許されざる悪だと思います。でも、その理由を一緒に見つけてあげたうえで、未来に存在する全ての幸福を与えた上で死へと導くことは、むしろ苦しみから救うことだと私は考えます。だから私は、殺人を犯してもなおピュアホワイトなのかもしれません。
♦♦♦
「……全ての死を否定することなんて、誰にもできない。だから殺人は、最後の悪への抑止力であり、悪への対抗手段であるべきだと思う。それ以外に使えば、全ては独善になる。自分の欲求を満たすために、殺したいから殺す、のではなく、殺したくないけど仕方ないから殺す、という精神状態でなければいけないと思う。食べる為に仕方なく殺すみたいに……」
「……“必要悪”は認める、ということかい?」
「――――人間である以上は」
私は言葉を慎重に選びながら、透の目を真っすぐに見返しながらそう答えた。