第15話 Clear≒White⑩【白雪セリカ(4周目)視点】
「――――第二の法。白雪セリカ、もしくは透は、必ず30分以内にどちらかが完全に死亡していなければならない」
透は静かに宣言する。
「僕の能力は、自分と指定した相手に絶対的な法を強いることだ。君と僕に“和解”の道は無い。必ず、どちらかが破滅するまでやろう」
私の《一蓮托生》と少し似ている……。
試しに《白雪之剣》で自分を軽く刺してみるが、何も起きない。
“無効化できない”能力……か。
「君を育てよう、あと30分で。君に僕を理解させることができれば、たとえこの命が燃え尽きたとしても本望だ」
「…………っ」
つけられた枷は、余りにも大きい。
心のどこかで、透をFランクまでダウンさせることができれば、殺し合わない道もあるのかもしれないという無意識な慢心があったのだと気付かされる。
6つの死亡フラグは全てが身を引き裂かれるほどに大きな痛みを伴うけれども、第2の死亡フラグの透との一騎打ちも計り知れない程に重苦しい……。
「人が“対等”と認め合い、同じテーブルで“対話”する為の条件が何か、君は知っているかい?」
「……何が、言いたいの?」
「人は何故、人を傷つけることができるのか、考えたことはあるかい? SNSを見ると、分かるだろう? 匿名で安全地帯というアドバンテージさえ手に入れれば、どんな人間でも罵詈雑言を他人に吐くことができる。これが自分が所属する会社の上司や、取引先の相手に、同じ言葉が吐けると思うかい? そんな人間がいると思うかい? どれだけ他人をあざけり、マウントを取り、見下し、自らのエクスタシーを満たすために利用する為に罵倒してもその心は痛まない。何故なら、自分だけは“匿名で攻撃されない安全な場所にいる”からだ。指殺人でたとえ誰をどれだけ殺そうが、その人間の心は痛まないんだ。でも死刑にならないだろう? 僕と同じ“殺人鬼”なのに、まるで普通の人間のように振舞い、普通の人間のように息をして、社会に溶け込んで平然と善人のような顔で生きている。死刑対象となってしまう快楽殺人鬼と死刑にならない彼らは、どこが違うんだろうね? 怪物は、誰だ? 人を直接その手で殺した人間だけが、殺人鬼なのかい? スクールカーストで苛め抜いて売春させて強姦して撮影して自殺に追い込んで殺した人間も、触法少年ならば死刑にはならない。殺人鬼とは何だい? 殺人が悪なのであれば、悪とは何だい? 白雪セリカ、僕に答えをくれるかい? 僕はその答えを求め、悪の覇道という答えを出した。それ以外の答えを僕にくれるのであれば……君が人類を救ってほしい。僕の代わりにね。あるいは、何の答えも出せないただの偽善者なのであれば、ここで死ぬといい。君のGランクへの道は、その程度だということだ」
「あなたの問いには……すぐには、答えられない。悪の覇道……。その道の先にあるのが、なぜ救済と言えるの?」
「被害者と加害者という区分を無くす方法は、一つしかない。この世界に加害者しか存在しない世界になればいい。それが、さっき言った“対等な対話の条件”だよ」
「……対等な対話……?」
聞くべきではない。頭では分かってる。
透は……引きずり込もうとしている。
大して長くは生きていないけれど、透は私の知る限り究極のマニピュレーターだ。快楽殺人鬼を後天的に洗脳して育てようなどという思考で行動する化け物。ただ、その原動力が快楽や支配欲ではない、というだけで……。
「そうだな、人は家の中で見つけたらゴキブリを殺すだろう。一般的にね? だが、ゴキブリに言語能力があったらどうする? 助けてくれと命乞いをしてきたら? それでも殺すだろうか。言語能力だけではなく、経済力もあったらどうする? もし助けてくれたら、10万円払うと取引を持ち掛けてきたら。あるいは、そうだな、息子がいる、妻が娘が、などと言って、家族を理由に命乞いをして、涙を流した場合。殺せるかな? それでも人間は、ゴキブリを」
「…………」
「そう、対等な対話をする為には、必ず、何らかの共通する能力を保有している条件が必要だ。なぜ、僕が君とこうして対話をしているのか……。それは君がジェノサイダーとしての力が僕と同格か、あるいは上回ると判断したからだ。弱い君のままなら、僕は君を殺していただろうし、君も殺されるしかなかった筈だ」
「…………」
「先ほどの話に戻ろうか。ゴキブリを引き合いに出したが、結論としては、人間が対等と認める為の条件としては、言語能力、知的能力、感情、最低でもこの三つが必要だと僕は考える。さて、その上でだ。人は何故人を傷つけ、貶め、殺せるのだと思う? 言語能力があり、知的能力、感情があると理解した上で、何故人は人を殺すことができるのだと思う? 君はどう考える? 白雪セリカ」
「……足りない、から? 能力が、どちらかに……。殺人鬼側には感情が欠けていて、殺される側には、殺人を回避する能力が欠けている……。ということ?」
「……君は、君が思っているよりはずっと聡明な人間だよ。その通りだ。たったの一度の問いで、その答えを瞬時に出せる君は……。僕の視野が、いつの間にか狭くなっていたようだ。ジェネシス以外の測りを、いつの間にか失っていた。君のような人と、もう少し違うタイミングで、違う出会い方をしたかったね」
「……」
「殺人鬼側が相手を殺せる理由は、簡単な話、ナメているんだよ。自分は絶対に反撃されないだろう、という傲慢が透けて見える。いざ誰かを殺しても、死刑にならない前例がある以上、たとえ警察に捕まり検察に起訴されたとしても、法が自分を守ってくれると思っている。殺害対象も反撃されない程度の弱い人間を選べば、自分が殺されることも無いと思っている。だから殺せるんだ」
「……」
「ま、言ってしまえば、全てのコミュニケーションにおいて、お互いが対等かそうでないかというのは逃げられない問題だ。人間の価値観は多種多様で、例えばルックス、学力、ユーモアセンスや、交友関係の広さ、財力、仕事ができるか等、お互いの指標でお互いの価値を測り、自分と同等のレベルか、あるいは格下かを測ろうとする。人間とはそういうものだろう? だが、この短い歴史で、ある指標が奪われてしまった」
「ある指標?」
「自分は目の前の相手を殺せるかどうか。あるいは、相手は自分を殺せるかどうか、という”殺人指標”さ。誰もが、ほとんどの人間が、自分は殺されない、自分は殺さない、コミュニケーションをする場において、その思い込みを持って生きている。致命的なバイアスだ。殺人鬼や、それに近い人間にとっては、カモでしかない。何故なら、殺すと決めている人間にとって、殺さないと決めている人間ほど御しやすいものは無いからだ。分かるだろう?」
「……」
「自分が殺されることは絶対に無いだろう、という強い思い込みがあるからこそ、人は人を安心して攻撃できるんだよ。僕は自分が攻撃されたら、どんな手段を使っても報復する。手段は問わず、必ずその自我と潜在意識を全て余すことなく解剖し、暴き切り公表したのち、物理的にも精神的にも破滅させる。そう決めている。だって、許せないだろう?」
「その感情があるなら……。どうしてここまで殺せるの……?」
「さっきも言っただろう。“変える為”さ。全ての洗脳を解き、世界を、法を変え、人間を救うんだよ」
「人を殺しまくってその先に救済なんてあると本気で思ってるの?」
「殺人の定義だろう。老人だって生きてるだけで若者から未来を奪い大量の本来生まれるはずだった赤ん坊を食い殺してその血肉をすすって生きているんだ。僕にとっては彼らも生きているだけで殺人鬼さ」
「……」
「社会に何も貢献せず、何らかの公的な金で生活している者も殺人鬼さ。納税しているにも関わらず経済困窮が理由で自殺した者を間接的に殺している。言っただろう? 人間が生きる以上、存在しているだけで誰かを殺しているんだよ。ならば、どうせ殺すことに代わりが無いのであれば、きちんと選ぶべきではないかな?」
「選ぶ……?」
「“誰を”殺すのかをだ」
「……」
「殺人とは、悪ではあるが、問題解決の手段さ。必要悪とも言える。だが、その手段を奪われたから、文明だけ進んでいるのに人間はここまで衰退してしまったのだろう? では、その手段を奪った者はそもそも“誰”なのか? 殺人を禁止にすることで、一番得をする人間は誰か?」
――――殺人を禁止にすることで、一番得をする人間は誰か?
ヒキガエルの言葉が脳裏によみがえり、透の言葉と重なる。
「――――第三の法。白雪セリカ、僕の問いに完膚なきまでに答え、且つ間違いだと思う部分を否定してみせろ。できない場合は君の命には価値が無い。敵としての価値すらも。だから、即刻自害するといい」
舌戦……なんて想定してない。
透を相手に……分が悪過ぎる……。
この能力を使う前に、さっさと殺してしまうべきだったという後悔が少しだけ胸をよぎる。
けれども。
その考え方こそ、透の考え方と同じなのだと……心に戒めるしかない。
ここで負ければ、全て終わりだ。
私は……進まなければいけない。
――――透を倒して、その先へと。