第15話 Clear≒White⑨【白雪セリカ(4周目)視点】
「……」
「……っ」
透に間合いに入られ、焦った私は反射的に《天衣無縫》を発動してしまう。発動した瞬間、近づいてきたにも関わらず透は私から距離を取る。
逃がさない!
《秋霜烈日》――シュウソウレツジツ――
白い炎を全身から発し、距離を取ろうとする透にぶつけ、一瞬だけ透の左腕を焼くことに成功する。
が、すぐに漆黒のジェネシスに阻まれる。
けど、これは……。
接近戦と見せかけて、すぐに逃げられた。慌てて発動した《天衣無縫》は完全に意味が無い。
やられた……っ。
能力を“使わ”された。ジェネシスの消耗量が多い《天衣無縫》を無駄撃ちさせられたのだと気付くが、時は既に遅い。3秒経過し、《天衣無縫》は消滅する。
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
《審判之剣》――シンパンノツルギ――
《空白空爆》――クウハククウバク――
宙をくるくると舞う漆黒の剣と、ジェネシスのシャボン玉に目を奪われる、が。
囮……?
透がそれっぽく能力を使ったり、殺気を放つのはフェイクの可能性が高い。フェイクだと思わせて本命の可能性もあるが、透のダブルバインドに絡めとられてはいけない。
落ち着け……。意識を極限まで研ぎ澄ませ、全意識を集中する。
《気配察知》――ケハイサッチ――
「――――っ!」
真下から嫌な予感がして、後ろへ飛びのくと、黒い剣が一閃して私がさっきまでいた場所を貫通していった。これは《審判之剣》ではなく、凶器化で具現化された透の剣だ。いつの間にか遠距離に潜ませ、虚をつく隙を狙っていたらしい。
危なかった……。少しの油断も許されない。
私は視線を透の目へと移し替える。
黒真珠のような闇の瞳が、静かに私を見つめている。
「……」
「……」
透は何も言ってこない。じっとこちらを見ているだけだ。その残酷な瞳で。
透から発せられる殺気がさっきまでとは桁違いだ……。
深淵のような漆黒の瞳は無感情に私を、ただただ空虚に見据えていた。
肌が痺れる程のプレッシャーと寒気で震えそうになる。ヒコ助とも、リリーとも、かつてのシスターやマザーとも違う、得体のしれない“恐怖”。死への恐怖ともまた違う。
――――“覗かれている”怖さ。
透の目は例えるなら、魚が泳ぐ水槽を上から覗き込むような目。
こんな目で人間を見る人間はいてはいけないと思う。これが、こいつが化け物たる所以だ。
自分がただの下等生物で、知性を持つ上位存在にはどう抗っても勝てないのだという絶望に近い怖さすら感じる……。
「ふっ、流石に学んだか。そう、何を見るか、それすらダブルバインドで絡め取ることができる。君たち人間が安易に何かを見て信じる時、それは本当に自分の意志と言えるのかどうか、それは誰にも分からない。統計もデータもSNSもマスメディアも、全ては虚構に溢れている。そして人間は自分の信じたいものしか信じないと来ている。君が信じるGランクへの道も、虚構でないと誰が証明できる?」
「この世界に希望は無い。でも、元々無いものを在る前提で探して勝手に絶望するぐらいなら、自分で作るよ。証明するのはそれからでいい」
「……無いことを受け入れた上で、それでも前に進むと言うのか?」
「善悪で言えば人間は悪なのかもしれない。でも、それと希望が作れるかどうかはまた別の話だと思う」
「興味深い……。君の思考は……今まで見てきたどんな人間とも違うな。尊敬に値する」
「……」
尊敬すると言いながら殺そうとしてくるのは、相変わらず滅茶苦茶だとは思うけどある意味では透らしい……。
「掠った程度だが、僕の左腕に傷をつけたことだし、一撃ということにしておこう。さて、話の続きだ。僕の定義する“救済”の目指す先にあるのは、僕自身が前代未聞の犯罪者となり、司法、人間社会そのものに、大きな変革を起こすことにある」
「……変、革?」
「法を内側から変えるのには人間一人には限界がある。そもそも不可能という考え方が通説だろう。弁護士、検察官、裁判官、警察、犯罪被害者、犯罪加害者、誰がどう騒ごうとも、正義を以て一人で変えられる法などありはしない。利権の為に腐敗政治としての法の改正は例外としてあり得なくはないが、それは人類の益にはならない害悪だ」
「……」
「法を変えるのであれば、内側ではなく、必ず“外側”からだ。外側の世論が大多数を占めれば法が変わることもあるが、その為には大きな犯罪が必要となる。世論が意見を統一し、司法を捻じ曲げるほどの犯罪が必要だ」
「透……。あなたは、法を変える為に殺人鬼になったとでも言うつもり?」
「―――法を育てるのは司法関係者ではなく、いつの世も犯罪者だ。犯罪者がいるからこそ、法はここまで成長してきた。そして既存、小規模の犯罪ではなく、前代未聞、大規模の犯罪であればあるほど、司法は変革され、成長する。法の進化に必要なのは、世論が無視できない前代未聞の犯罪者による大規模且つ最低最悪で卑劣な犯罪の数々だ。これが、悪を以て世界を救済する僕だけの覇道。これが……僕が人を殺す理由だよ。白雪セリカ」
「そ、そんな……理由……で……? これが、殺人の動機? それでここまでのことを……? 聞いたことない……。あなたは……確かに前代未聞ではあるけど……」
透の殺人の動機は、信じられないものだった。
今までにこんな思想は聞いたことが無い……。
一体、どうして……どれほどの闇を見れば、その答えに辿り着くのか……。
透は胸に手を当て、言葉を続ける。
「――――僕は悪の象徴であり続ける。君たち人類の、法の進化の為に。悪を殺すことを肯定し、僕を殺し得るほどに成長する正義が現れるその時まで、僕は永遠に悪意の種を蒔き続ける。君たち“善人”を食らい尽くすその日まで。どちらにせよ、“善人”は弱い。善である弱者は強者に食われるだけしか道はない。これから先、戦争が起きることも想定するのであれば、殺人を、死刑すら否定し続ける善人は、国益にはならないだろう。これからの未来に必要なのは、善を捨て、死を、殺人を肯定できる人間だよ。過去の歴史では殺人を肯定していたが、現代の一部の権力者にとって都合が良いように洗脳された憐れな弱者国民達の非殺人の洗脳、思い込みは、ここで解除してあげないとね。全ての人間が殺人さえ肯定できるようになれば、この世界に存在する半分以上の問題は解決できる。富裕層の独占する資産のわずか0.5パーセントの出資で世界中の貧困を解決できるのにも関わらず何故か終わることが無い貧困の問題も、増えすぎた老人による少子高齢化の問題も、僅かな懲役で出所する犯罪加害者も、全てだ。人権の対義語を曖昧にし、個々の解釈に委ね、明確に定義しなかった人間の愚かさを、僕が終わらせる。国権という解釈が通説ではあるが、僕は別の意味もあると思っている。人が人である為の義務。それが人権の対義語だ。そして人権とは、誰かに与えられるものではなく自ら勝ち取るものだ。そんな当たり前のことすら、現代に生きる人間は忘れてしまった。日々の労働に忙殺され、人間としての思考ができなくなってしまったんだ。ならば、失われた人権は取り戻し、また権利だけ主張するだけで国益にならない人間には義務を返還しなければならないだろう。今までの僕の行動は、全ては通過点でしかない。まずは、全ての殺人を否定する正義という名の悪を、僕が稀代の殺人鬼となることで否定し続ける。全ての殺人を否定する善なる者だけが、僕を殺すことができないというジレンマと十字架を抱え続けるんだ。僕が死なない限り、僕は殺し続けるし、リリーのような快楽殺人鬼を生み、育てあげ続ける。僕を殺さず、生かそうとするのであれば。それが、殺人を否定するという偽善という名の悪の正体だ。僕がこれから殺す人間は、僕が生きることを肯定する人間の罪でもあるのだから」
透は意味深に微笑んで一拍だけ言葉を置いて、続きを話し始める。
「――――そして君は、偽善を乗り越えた。リリーを殺し、僕の前に立つ君は、殺人のダブルバインドを乗り越えることができる至高のFランクだ。僕の全てを捧げよう。そのうえで、躊躇うのであれば、僕は君を殺そう。そしてこれからも殺し続けよう。人間を殺し、殺し、殺し、善人がこの世から完全に消え去るまで、殺し続けよう……」
「…………」
透……が、何を言っているのか、理解してかみ砕くまでに、頭が追い付かない……。
「君は僕の手を取り、『雪の女王』となることを否定した。ならばもう、道は二つしかないんだ。僕を殺し、この世界をこのまま続けていくか、Gランクで新たな道を切り開くという選択肢だ。君の独特な考え方や、その命には言語化できない程に凄まじい価値がある。だからこそ、試す価値がある。では、そろそろ一つ目の切り札を切ろうか。僕を討つ価値が君にあるのかを、この目でしっかりと見定めさせてもらうよ。僕の法を以てね」
「……法?」
「僕の持つ世界干渉能力はチンケな効果しかなく使う機会は無かったが、そうか、君と殺し合う今日この日の為だけに、この能力は生まれたのかもしれないね」
透は右の掌を、勅命を下す王のように前へと振りかざす。
《絶対王政》――ゼッタイオウセイ――
透が能力を発動した瞬間、空間に亀裂が入る。
これは、私が《起死回生》を発動した時に、空間が歪曲するのと少し似ている……?
「――――第一の法。第一から第十の法を順守しない者は、速やかに自決しなければならない。ここから先、定義する名は、透は僕自身、白雪セリカはループ前と後の全てを含むものとする」
透はそう静かに宣告した。
「これから僕は十の法を敷く。全ての法を乗り越えて僕を殺してみせろ。白雪セリカ」