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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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幕間③ 楽園を追われて【いばら姫視点】


「ちなみに、ママの色は?」

「……パープルよ」

 もうこいつに何を言っても無駄と諦め、ママと呼ぶなと訂正するのも面倒なのでやめる。

「へぇ~。見せて欲しいです」

「……」

 私はジェネシスを出して見せる。

「わぁ、綺麗……」

 本当にそう思っているのか、目を輝かせてサマエルは私のジェネシスを見つめる。

「紫色……。私の一番好きな色になりました」

「そう、どうでもいいわ」

「あと、さっきから気になっていたのですが、お隣の方は? パパですか?」

「違うわ。こいつは……」

 実際に問われると、何と説明すべきか分からない。

 骸骨は……私にとって……。


 ――――景色がフラッシュバックする。


   ♦♦♦


 手を繋いだ少年と学校の廊下に並び、展示されている空白の額縁を眺めている。

 少年の顔は骸骨に似ていた。

 けれど今とは程遠い印象。凛としていて、何者も寄せ付けない冷徹な雰囲気があった。

 もし骸骨を少年時代にまで戻したら、こんな顔になるのかもしれない。性格は今とは程遠いけれど。そんなことを考えていると。

 空白の額の空白に、色が走り始める。


 どこかのパーティ会場で、赤ん坊の死体を大皿に乗せ、ステーキのようにナイフとフォークで腕の肉を切り落として歓談し、食べている笑顔の老人達の絵の景色。絵の題名は『未来』。


 巣穴にいる人間の大人の顔の小鳥が、人間の大人の顔の親鳥から一万円札をくちばしから渡され、引きちぎる絵の景色。絵の題名は『家族の絆』。


 絶世の美女が肥え太った豚のような男に母乳を与える絵の景色。絵の題名は『かつて少年だった何か』。


 どこかの国の大統領の顔面が巨大に描かれ、大口を開けて笑っている。その大口の中で大量の小人達がそれぞれ武器を持って、殺し合い、大統領の大口から小人の血が流れていく絵の景色。絵の題名は『血のジュース』。


 ノートパソコンが人食い箱のミミックのようなモンスターとして描かれ、両腕を引きちぎられて食われ絶叫する会社員の絵の景色。絵の題名は『労働の対価』。


 マンションの屋上に立つよだれを垂らした醜い猿が、手に持つワイングラスで血を揺らしながら、全裸で四つん這いになる美女の背中の上に座り、地面で土下座する大量の人間たちの絵の景色。絵の題名は『勝利を目指した国民たち』。


 四肢を失った男性が椅子に座り、四つん這いで絶望する四肢のある男性の頭の中にストローを刺して、美味そうに飲んでいる絵の景色。絵の題名は『弱者』。


 人間の生首を皿に乗せて運ぶパーティ会場のドレス姿の少女の絵の景色。少女の眼球は普通の目ではなく、機械で作られた目が入れられており、その頭の上には天使の輪が描かれていた。絵の題名は『救済された世界と人工天使』。


 なんて、なんて、醜い……醜い絵なんだろう。

 グロテスクで、吐き気がして、救いが無くて、私が描く絵は全部狂っていて――――


 ――――燐、君の絵は本当に綺麗だ。どんな絶望よりも深く濃い残酷こそ、世界で一番美しい景色だと俺は思うから。だから、燐。どうか、死ぬまで俺の傍にいてくれ……。


 隣にいる少年は、私の手を握りながら微笑みながらそう言った。


   ♦♦♦


「僕は彼女の下僕さ。いつもいじめられているんだ」

 骸骨の言葉で、フラッシュバックは終わる。

 なんだ……今のは?

 あんな気持ち悪い絵なのに、見ただけでタイトルが分かってしまう。まるで自分が名付けたかのように、はっきりと絵のタイトルが分かる……。

「なんだか、良い雰囲気ですね~。お似合いの二人だと思いますよ」

「……そうかな? あまり言われたことはないけど」

「ママを、お願いしますね。私は今のところ、殺したり、洗脳することしかできないので」

「いばら姫ちゃんが作ったんだ。君のポテンシャルは無限だと思うよ。その程度で終わる訳が無い。これから学習し、成長するんだろう。クリアジェネシスは見たことが無いし、完全に未知数だ。君は……本当に神様になっちゃうかもしれないね」

「この色、特別なんです?」

「ランク外であることは確かだ。ランク外であれば、Fランクも、SSSも、関係なく殺せてしまうかもしれないね」

「ランクが、あるんですね~」

 二人が会話を始めているが、私はようやく冷静さを取り戻すことができた。

 さっきの景色は、恐らく生前にあるものだと思うけれども、今は考えるべきことではない。

「……サマエル。主として命令するわ。聞いてくれるわよね?」

「え、あ、はい。ママの頼みですからね~。伺いますよ? 肉じゃがの作り方とかなら、お任せください」

 そう言ってサマエルは胸を張る。おふざけに付き合うつもりはない。

「透を救出し、白雪セリカを殺しなさい」

 紫色の眼球が、私を見つめて止まる。

「チャネリング、終了しました。データはママの脳を解析して、頂きました。白雪セリカの情報、透の情報、登録しました」

「チャネリングも使えるみたいね」

「人工天使ですから」

 エッヘンとドヤ顔するサマエル。

「もし負けそうになったら、頭部に搭載してあるチップは自分で破壊しなさい。アンタのデータは死ぬ寸前まで別の端末で取ってあるから、別の肉体で蘇生してあげるわ」

「蘇生、ですかぁ? でも結果を出せずにただ負けて終わるような雑魚を、復活させる意味ないですよね~? 場合によっては完全破棄ルートもあり得そうなので、結果は出しますぜママ。ほいじゃ、行ってきまーす」

 わざとらしく腕まくりをして意気込んで見せると、サマエルは背中を見せる。

「その前に、何か着ていきなさい」

「おぉっと、全裸でした。危うくオラのヴァ〇ナにメロっちまうオス達を欲情させちまうところだったぜ~。あぶね~」

 こいつの言語能力……もう少し調整すべきだったか。まぁ色々な脳をトレースしてしまった結果、知能の向上というよりかはカオスの方が上回っている気がする。

「……ついてきなさい。トイボックスで適当に見繕うわ」

「ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャン」

 サマエルはぎこちなく両腕をチョップの形にしてぎこちなく動きながら、機械音を言葉で口ずさんでいる。

「何ふざけてるの?」

「あ、たまにはロボットアピしとこうと思って。どう、渾身のギャグ。ウケました?」

 ニヤっと笑うサマエルの頭を引っ叩き、私はサマエルの腕を引っ張ってトイボックスへ向かった。あそこには服を作る能力も保管してあるからだ。

「わー、ママに手を繋がれてしまった。赤面」

「黙りなさい」

「あ、服の色は紫がいいなぁ。絶対紫で! 紫じゃなきゃ泣き叫ぶからね」

「ちっ……」

「珍しく手こずってるようだねぇ、いばら姫ちゃん」

 骸骨にからかわれるも、言い返すのも面倒な気持ちだ。

「……アンタは花子を連れてきなさい。透に《奈落乃底》を使われ、ジェネシスの渦の中にいるわ」

「あ~、分かったよ。さっきから妙な気配がしたのはそれか。場所は気配でなんと分かるわ。ま、後で合流しよっか。詳しい話はまた後で聞かせてくれ。アジトを放棄するなんて、尋常じゃないことだからね」

「ねー、ママー。はやく~」

 サマエルが子供の真似をして手を逆に引っ張ってくる。

「……」

 まじまじとサマエルを見る。

 私が作ったとはいえ、性格の面は意味不明過ぎる。

 そしてジェネシスカラーは前代未聞のクリア。

 SSSでもFでもないこの色が齎すものは何か。

 あるいはこの“透明”こそが、透が追い求める“SSSの先”あるいは白雪セリカが求める“Fランクの先”にある答えなのか。

 人工天使が人類に齎すものは、破滅なのか救済なのか……。

 いや、私が考える必要はない。

 人類がどうかなんて、私の知ったことじゃない。

 クソみたいな知能でクソみたいな闘争を永遠にやっていればいい。

 私にとってどうか、それしか考える必要なんて……ない。


《全理演算》――ゼンリエンザン――

(演算開始。サマエルが白雪セリカに勝つ確率は?)

(演算終了。75パーセント)


 驚異の数値。

 透がゼロパーセントであることを鑑みれば……。


 ――――《運命之環》を破壊する最後のトリガー。それはもしかしたら、この人工天使サマエルなのかもしれない……。


 サマエルはそんなことはつゆ知らず、無邪気に手を引っ張って「紫~」と呟きながら、服を見繕うのを楽しみにしていた。


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