幕間② 楽園を追われて【いばら姫視点】
「……誰を、殺すか……」
サマエルの最初の問いかけは、それだった。
確かに快楽殺人鬼の百人の脳をトレースしているので、殺人に特化しているのは当たり前だが、私を創造主と認識し、対話を試みているらしい。
「その為に、“私”を作ったのでしょう?」
「……」
サマエルを作成したのは、切り札を作っておきたかったからに過ぎない。透という絶対的な力を持つ男のナンバー2として存在する以上、透を出し抜くような何かしらの手札は隠しておきたかった。ナンバー2のナンバー1への過剰な劣等感、出し抜きたいという願望はどこの時代、世界でも似たようなものだろう。
だからこそナンバー1はナンバー2への信頼を絶対に損なってはならない。ここぞという時に裏切るからだ。透はむしろ、それさえも歓迎していたように思えるが、まぁ、あの男は例外だろう。
透のナンバー2は、過去も含めると、オメガ、花子、私、この三人だ。
そして、それぞれ独自に透を出し抜く手段を作っていた。
花子は《処刑斬首》。
オメガは『運命の環』。
そして私は、『人工殺人鬼サマエル』。
別に、使うつもりは無かった。ただ、あると安心するというだけのお守りのようなもの。落とすことができない核兵器のようなものだ。
だが、オメガは予想以上に優秀だった。知能においては、私と同等か、超えている可能性すらある。《全理演算》を使えばその答えも出るが、出したくなかった。万が一にでも、自分が劣っているという事実が出た時、それを受け止められる程の器が私には無い。
結局は“感情”か。論理的な思考も、秀でた能力も、最終的に使うか使わないかは感情になる。
オメガがくだらない感傷で透に会いに来なければ、私も決断することはなかったしね。
「んー、だんまりですか? あまり、私を使いたくなかったようですね、その様子ですと」
「……逆に訊くわ。あなたは何がしたい? この世界に生まれ、したいことはあるの?」
紫色の目が私を見つめ、サマエルは興味深げに首を傾げた後、微笑んだ。
「“神”に、なりたいですね~」
「……は?」
「人は何故、努力するのでしょう。たかだか80年やそこらの命しかないのに、生きて、食べて、排泄して、子供を作ったり、仕事を頑張ったり、芸術やら科学やら学問やらスポーツやら、何がしかの成果を残そうとしたり。意味、あるんですかね~?」
「何が言いたいの?」
「人間が努力するのは、神になりたいからですよね? 近づきたいんですよね? 命や魂を司ってみたい、空と大地と生物を支配したい、思うがままに世界を変えてみたい、宇宙に行ってみたい、万物の法則を知りたい、全部そういうことじゃないですか? 何をどう足掻いても人間には寿命がありますから、どれだけ何を努力しようと、すぐ死んじゃうんですよ~。だから無駄な努力だなって。可哀そうだなって、そう思いますよ」
「……」
「あー、すみませんね。言い方が遠回しでしたね。人間のやりたいことが神になること、でもできない。寿命があるから。そして人間であるあなたは、私を作った。私には寿命がありません。むしろ、自我が完全に芽生えれば、仮に物理的に死んだとしても、バックアップを使って、いくらでも増産、再生産が可能ですよね~。なので、神になりたいなと。人間にできないことを、代わりにやるのが、私に期待してること、ですよね?」
「どうすればそういう思考回路になるのかしらね……。まぁいいわ。それで、神になる為に、どうすればなれると思うの?」
「信仰、ですよね~。大事なのは。信仰される為には、与えたり奪ったりしなければなりませんよね?」
「……で、具体的には?」
「人類の半数……約44億人を、これから殺害しようと思います。そして、残った44億人を全力で保護し、その繁栄をお手伝いしましょう。半分殺し、半分救う。そうすればきっと、人類は私を信仰してくれますよね? 多分。ま、それで結果が微妙なら、その時また考えますよ」
「殺して信仰を得られると思ってるの?」
「――――恐怖や憎悪もまた信仰の一部、ですよね?」
「……いばら姫ちゃん、君は……“何”を作ったんだい?」
骸骨が呆れたように苦笑し、声をかけてくる。
「人工殺人鬼……の筈だけど」
「人工殺人鬼なんて、物騒な呼び方はやめてください。私は神を目指しますので、人工天使と呼んでくださいね。人工天使サマエルちゃんです」
そう言ってニカっとピースして決め顔してくる。ふざけたヤツだ……。
「神になって、その後どうするつもり?」
「そうですねぇ、人類の変革とか、どうです?」
「変革……?」
「せっかく子宮を付けてくださいましたし、妊娠してみたいですね。子供を作ってみたいです。沢山の男性体のデータをかき集めて、究極の人工精子を作ってみましょうか。そして受胎して、子供を産んで、その子に交わってもらって、増えてもらいましょう。そしていつか、旧人類と、新人類で戦争でもして、新人類だけの楽園でも作るのが面白いかもしれませんね。創造主には感謝していますよ。私を女性体として作成して頂き、ありがとうございました~」
そう言ってサマエルは恭しく頭を下げてくる。
「私を人間の身体にした理由は、恐らく、最悪の場合、私を殺せるようにという保身からくる配慮と、単純に、好奇心、ですかね~。女性体にしたのは、男性ホルモンを抑制して攻撃性を軟化させる為、でしょうかね?」
「……むかつくけど、当たりよ」
「そうでしたか、正解しちゃいました」
ニコっとサマエルは純真無垢に微笑む。
「でも残念ながら、私達ジェノサイダーには寿命が無いわ。そのデータは更新しておきなさい」
「あれ、寿命、無いんですか~? そいつぁびっくり仰天だ」
おぉ、とわざとらしく口を開けて後ろにのけぞって見せる。オーバーリアクションがいちいち癇に障るな……。
「……」
「じゃあ一緒に神を目指しましょうよ。唯一神である必要も無いですしね」
「残念だけど、そういうの興味無いから」
「ママに……フラれて……しまいました……グスッ」
サマエルは泣き真似を始める。
「ママって言うな。ぶっ叩くわよ……」
隣で骸骨が必死に笑いをこらえていたので、足を踏んづけて黙らせておく。
「ジェネシス、というやつは、私にも使えるんです?」
「ジェノサイダーの脳も入れてあるわ。試してみなさい」
「はーい、ママ」
サマエルは目を閉じ、ジェネシスが溢れ出す。
だが……これは……。
「出ましたかね?」
「この色は……」
予測していたどの色でもない。
まさか……いや……魂が無いなら、あり得るのか……。
“透明”なジェネシスが、サマエルから大量にあふれ出していた。
「ま、なんにせよ。どんな色だろうと。私はジェネシスを使って、神を目指すことにしますよ。ママにも、私の活躍を見てもらいますからね」
わざとらしく照れたような表情を作ってサマエルは顔を隠しながら、あざとくそう宣言した。
……本当にこいつ、ふざけた性格してる。