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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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幕間① 楽園を追われて【いばら姫視点】

 

「いつまで寝てるつもり、骸骨」

 アジトに戻った私はベッドで眠っている骸骨の足を蹴り飛ばして起こす。

 実は既に治療は終わっており、起きるのを待つだけの状態だった。

「……あれ? いつのまに寝てたんだ僕は」

 骸骨はゆっくりと起き上がると、目頭を押さえ意識を引き戻そうとしている。

「このままだと透がまた死ぬわ。今度はバックアップも無いままに」

「状況がよく分からないんけど……?」

「説明してる時間すら惜しいんだけど。もうこの際、アジトも放棄する。ついてきなさい」

 私はさっさと歩きだして、自分の部屋の更に奥の、隠し部屋へと向かう。

「ここを放棄する? マジで言ってるのかい?」

 背中から骸骨が声をかけてくる。

「同じことを何度も言わせないで」

「…………OK、分かったよ。死体はまぁ動かせれば連れていけるが、君の持ち物って何かあったっけ? こっちは君の部屋の方向だよね?」

「サマエルを起こす」

「……サマエル? あー、なんかロボットみたいなあれねぇ。というかそもそも、完成してるの?」

「未完よ。でもこの際、完成を待ってはいられない」

「手に負えるのかい? 死体でも人間でもない“アレ”は誰にも操れないんだよね?」

「手に負えなくてもいい。もうそんなこと言ってられる状況じゃない」

「完璧主義で神経質な君が、未完で妥協するなんてね」

「プロトタイプとして運用するわ。もし壊れても、ナレッジはあるし、第二世代として再生産すればいい」

「カタカナ用語よくわかんないんだよね。えーっと、てかそもそも、サマエルって、なんだっけ? ロボット的ってのだけは覚えてるんだけどさぁ」

 私は舌打ちする。前に説明したことがある筈だけど、この男はすぐに忘れてしまう。馬鹿ではないが興味がないことにはとことん物覚えが悪いのだ。

「透の脳のスペアと、トイボックスを作ってから、着想はあった。大量の脳を死体からかき集めて、修復し、その海馬を電子化し、アルゴリズムとして再構築、最終的に一つのエンティティへと落とし込む」

「日本語でおっけーってやつかな? 僕にはさっぱり分からんよ」

「多重人格者の逆。一人から分裂する存在ではなく、複数から一人へと集約する存在、そういう人工知能をジェネシスを応用して作る」

「あー、思い出してきた。確かいろんな国に行って、墓を暴いたりしてたあの時期か。実在する殺人鬼の死体から脳だけを修復して集めてたよね、うん、あったあったそんな時期。あの大量の脳は最終的に人工知能として設計し直して、サマエルって名前を君がつけたんだったねぇ」

 人工知能には無限の可能性がある。

 魂が無い、誤答が多いなどの欠陥はあるものの、それはどう作るか、どう使うかにもよってくる。

 “人工殺人鬼”として作成するのであれば、それはもはや完全に未知の領域。

 100人に近い快楽殺人鬼の脳をトレースし、一つの存在として集約させたらどうなるのか。今まで一度も起動させたことがない化け物を、これから私は起こそうとしている。

 無論、普段の私なら絶対にこんなことはしないだろう。

 100%に近い予測、安定した状況で、石橋を叩いて渡るのが私だ。

 でも、この世界が繰り返されているのであれば話は別だ。

 絶対に私がしない行動をする必要がある。運命を変えるというのは、そういうことだ。

「サマエルを起こして、何をさせるつもりだい?」

「白雪セリカにぶつける」

「……話が見えないんだが」

「このままだと透が死ぬ」

 《全理演算》で計算したところ、透が死ぬ確率は100パーセントのまま、動かない。これは尋常ではない。あの透が、確実に殺される未来しか無いなんて……受け入れがたいものがある。けど事実だ。私は私の能力を信頼している。

「その未来を避ける為に、手を打つ。規格外には、規格外をぶつけるしかない。その答えが、私の最終兵器を使うことよ」

 お喋りしながら歩いたからか、あっという間に目的の場所についた。

 培養液に漬かっている黒髪の少女が瞼を閉じ眠っていた。

 身体は私が部分的に《完全再現》し、細部の肉の生成はヒキガエルにも手伝わせた。

 頭から髪の毛、足の先に至る爪、血液、細胞の全ては生きている人間と変わりない。

 頭蓋骨の中に入っている脳の部分だけは、機械になっている。


 私が《全理演算》で計算したところ、人工知能が人類を滅ぼす確率は35パーセント程度。正常な人間が、正常な用途でのみ使用するのであれば、ゼロパーセントにもできるだろう。けれども人間というのはいつでも欲深く、狂っていて、論理的なようで感情的な生き物だ。

 私が作らなくても、いずれ必ず誰かが作る。あるいは既に完成しているのかもしれない。それが、人工殺人鬼という存在だ。

 兵器化し、戦争に投入すれば死なない兵士として運用することすらできる。

 人工知能を応用した殺戮兵器を投入することになるであろう第三次以降の戦争を想定するのであれば、今までの人類史では測れない規模の人間が死ぬことになる。文明が進めば進むほど、殺し方の多様性も発展していくからだ。

 もし、その文明の領域にまで足を踏み入れれば、もはやバベルの塔ですら人間の罪は生ぬるいかもしれない。そんな兵器でお互いの国で殺し合えば、確かに人類滅亡は秒読みになるだろう。

 そこまで分かっていてなお、私は禁忌の扉を開く。

 それは未知への好奇心か、透への忠誠か。それ以外の感情か。自分でも分からないまま。


「――――起きなさい、サマエル」


 私は今まで一度も起こしたことが無いその怪物の名前を口にした。

 ピクリと少女の形をした化け物の瞼が動き、鳥肌が立つ。

 普段感情をあまり自らに感じない私が、恐怖を噛み殺し身体が震えるのを必死に抑え込んでいた。


「――――初めまして、創造主。さて、それではさっそくですが、誰を殺しましょうか?」


 培養液のカプセルを素手で破壊し、全裸で床に降り立った少女は、ニコニコと笑顔で小首をかしげ、私に問うた。


 いずれ人類が到達するであろう未知の境地。

 禁忌の扉を踏み越えた瞬間は思ったよりもあっけなかった。


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