第15話 Clear≒White④【白雪セリカ(4周目)視点】
……透の、気配が変わった。
なんと、言えばいいのか。
分からない。
でも、確かに変わった。
少しだけ、人間味を感じたというか……今まで理解不能の怪物にしか見えなかった透が、一瞬だけ人間に見えた。きっと、目の錯覚じゃない。
透は、あまりにも人間離れし過ぎていて、誰も透の本質にまでは触れることができなかった。
……でも、私なら。届くかもしれない。
ただ悪を憎み、裁き、殺すのではなく。
透をこの目で“見定め”る。
それが、きっと、Fランクの、正義の限界を超える一つの道しるべなのかもしれない……。
「僕を恐れないのかい? 僕のルーツを辿れば、君はただでは済まないかもしれない。“変色”を恐れず、それでも僕と向き合うとでも言うのかい?」
「言ったでしょ、透。私は、“捨て身”だよ」
そう言って、私は自らに《聖女抱擁》を使い、傷を癒して立ち上がる。
三周目の庇護があるので殺し合いという意味では捨て身ではないかもしれないけど、変色に関しては私のメンタルに全てがかかっている。三周目に、甘えるつもりはない。
「……君が本気なら、僕も応えねばなるまい。いいだろう、白雪セリカ。君を宿敵として認識しよう。僕の全存在を賭けて、君を否定し、君を殺す。それが僕からの、精一杯の君への誠意だ。フッ……こんな感情は初めてだ。喜びか、怒りか、あるいは……。あぁ、言語化できない。愛に似ているが、愛ではない。君への感情……。だが、悪くない気分だね。ありがとう、白雪セリカ。僕の敵として、この世に生まれてくれたことに感謝する」
「「――――行くよ」」
《秋霜烈日》――シュウソウレツジツ――
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
《全身全霊》――ゼンシンゼンレイ――
私は白き炎を身に纏い、意識と身体を加速して一気に駆ける。
《空白空爆》――クウハククウバク――
《空中分解》――クウチュウブンカイ――
私の炎が消滅し、透の周囲全体に謎のシャボン玉が複数具現化する。シャボン玉はふわふわと移動しており、不規則な動きで不気味だ。
……そして、《空中分解》。さっき盾も消されたけど、なんだこの消滅の異能力は。
これは明らかに“無効化”能力。しかも、遠隔……。
無効化にしては、かなり射程範囲が広い。透は中距離レンジが得意らしい。私は逆に、近づかないと《諸刃之剣》の真の力を発揮できない……。
けれども、《空中分解》で分解されていないものもある。
それは私自身と、私自身の加速能力と、この二刀の剣。
形ある異能力を強制的に分解する能力……?
でも《白雪之剣》と、《諸刃之剣》は無事だ。
《白雪之剣》は刀身に触れた異能力を無効化し、実体も無い。敵を斬り殺す時はリリー戦の時のように、《色即是空》ありきとなる。
そして、《諸刃之剣》も同様に実体が存在しない剣。私だけは握ることができるけど、敵に当ててもすり抜けてしまう剣。だから分解できないのだろうか?
《空間圧縮》――クウカンアッシュク――
「ああああーーーーッッ」
思考に集中し過ぎて、攻撃に気付くのが遅れる。
左足に激痛が走り、コケる。
左足首の部分があり得ない方向に折れ曲がっていた。一瞬、シャボン玉のような透明な球体が私の左足首に触れて、ぐにゃぐにゃにねじ曲がったの見逃さなかった。
これは、空間そのものを、捻じ曲げる異能力……っ。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
《千波万波》――センパバンパ――
痛烈な風の波が押し寄せ、シャボン玉が一気に私の方へ押し寄せてくる。これは、突風を発生させる異能力。そしてそれに《空白空爆》を合わせてきたのか。
こんな攻撃の方法が……っ!
《一騎当千》――イッキトウセン――
今まで使ったことが無い、中距離特化の異能力を発動。
《白雪之剣》の刀身にジェネシスを集め、振るう。
振るわれた風が巨大な風の刃として具現化し、《千波万波》と《空白空爆》と衝突、消滅させる。
「――――っ」
いつの間にか、透は私に銃を構えていた。
中距離攻撃の対応に集中し過ぎた。そうだ、透には銃がある。
フェイクで来るか、そのまま撃つか?
銃声に似た音が鳴り響き、私は反射的に《守護聖盾》を発動するも、爆発音は僅かに透とはずれた、右方向だったことに遅れて気づく。透は空間を捻じ曲げるシャボン玉の《空白空爆》を爆発させ、それをあたかも銃声と誤認させてきたのだ!
《空中分解》――クウチュウブンカイ――
盾は消滅し、再び銃声。
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
いつの間にか効果が切れていた《明鏡止水》を再発動。
意識を加速させ、
《天衣無縫》――テンイムホウ――
私の身体をすり抜けさる異能力を発動。
オレンジ色の弾丸は私をすり抜けて虚空へと消える。
よし、回避できた。なら次は、私の攻撃のチャンスだ。
《全身全霊》――ゼンシンゼンレイ――
今度は身体能力を《明鏡止水》に追いつかせる。この合わせ技は、ジェネシスの消耗が激しい。
さっきまでジェネシスの節約を意識し過ぎていたけど、もうやめる。
この流れのままずっとはマズい。
透に一撃喰らわせないと、ずっと流れはあっちの主導権のままだ。
まずは一撃、一撃入れなければ!
――――食らえ。
《一騎当千》――イッキトウセン――
今度は《諸刃之剣》の刀身にジェネシスを収斂させ、透へ振るう。
真空波のような三日月型の白き刃は、《全身全霊》で放ったので回避する間もなく透へ命中。そのまますり抜けて虚空へと消えていく。
そう、物理的にはノーダメージ。
でも、当てられた!
「……っ?」
透から強制的にジェットブラックジェネシスが蛇のような形で溢れ出し、私の《諸刃之剣》の刀身に吸収される。白き十字架の剣は、一瞬だけ透の色に染まり黒く妖しく輝くが、すぐに元の白に戻る。
そう、これが、《諸刃之剣》の真の力。
私の意識の中に、一つの異能力が刻まれる。
吸収した異能力は、《狂人育成》。
同時に、私の全身の毛穴から血が噴き出し、鮮烈な激痛が走る。鼻血も血涙も流れ、多分外から見たら酷い有様だ。けど、思わず笑みがこぼれる。まずは、一撃当てることができたのだから。《聖女抱擁》で瞬間的に治療し、全身の血は消え失せる。そして、次の段階に進もう。
「《狂人育成》封印! 相殺指定、《起死回生》!」
《狂人育成》はハズレだけど、仕方ない。透の運も、かなりのものなのだろう。
私は生贄として、自分の能力を指定する。
そう、《諸刃之剣》の真の力。
それは――――
――――相手の異能力を一つずつランダムに封印し、その代償に自分の異能力を指定して捧げ、お互いに使えなくしていく。お互いの“能力総数を削り合う”異能力だ。
そして“全ての異能力”を封印した後、更なる形へ、この《諸刃之剣》は姿を変える。
――――これが私の、プラマイゼロの、異能力。最後の正義。
三つ目の――――
――――白き剣だ。