第14話 七番目の月㉔【白雪セリカ視点】
「セリカは運を操ったりできる?」
「できない」
「ということは。もしあなたがGランクを目指す為にループしてここにいるのだとしたら、その死亡フラグはさしたる問題じゃないのよ」
「……どうして?」
「もし死亡フラグがセリカにとって致命傷なら、それらを回避する為の異能力を持っている筈だから。でも未来から来たあなたはその能力を持っていない。ということは、Gランクになる上でそこまで大きな問題じゃないってこと」
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アンリとのやり取りを思い出す。
Gランクプランの障害として、6つの死亡フラグがある。
現時点での最大の障害と言ってもいい。
もし仮に私が4周目なのであれば、対策していない筈が無い。
アンリは私を鼓舞する為にああ言ったのかもしれないけど、私はダウングレード前の自分自身の力について、もう少し深堀りして考えるべきだ。
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「発動条件不明の能力、《残留思念》……。どうして、このタイミングで?」
(“6つの死亡フラグ”が開始する直前に、“私”は起動する。一つ目の死亡フラグ、“黒い雨”がそろそろ始まるから)
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私への問いかけに対する、三周目の言葉を思い出す。
そう。
6つの死亡フラグに対応する為に生み出された“生存フラグ”が、《残留思念》だ。
これは《起死回生》が使用できない前提で、計算されトリガーが組まれている。
私は、6つの死亡フラグ全てを乗り越える為の能力、あるいは手段を既に持っている。
アンリの指摘通り、Gランクへの足掛かりとなる能力すらも。
そう考えるべきだ。
――――だから。
ここから先どんな絶望が起きたとしても、それに対応する為の力が、私にはある。
絶望を希望に変えて、進もう。
それが恐らくは……Gランクへの足掛かりになる。
私のジェネシスはきっと応えてくれる。
私がそれを希む限り。
ゼロを殺した後で、Gランクを目指す!
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
《秋霜烈日》――シュウソウレツジツ――
時間間隔をスローにする。
白きジェネシスを炎に変え、全身に身に纏う。
ゼロの攻撃は初速が見切れない程に速い。
対応が追い付かなかった場合に、反射的に私の炎のジェネシスでダメージを軽減をする必要がある。
「フッ、少しマシな面構えになったな。残り3分てとこか。行くぞ、白雪セリカ!」
《即死愛撫》――ソクシアイブ――
《処刑斬首》――ショケイザンシュ――
ピシ、と亀裂の入る音が響く。
「……ちっ。《乾坤一擲》を使うとすぐ駄目になっちまうみてえだな」
ゼロの頭上に浮いている《運命之環》にヒビが入る。
あと少しで、運操作も解除される。勝機の流れは確実にこっちに来てる。ゼロが『マイナス10』に戻れば、私の《白夜月光》も連鎖的に解除され、私は『プラス10』に戻り、アンリも『プラス7』に戻る。問題は”黒い雨”のタイムリミットだ。《運命之環》が壊れるのが先か、”黒い雨”が先か。
思考に耽る暇も無く。
ゼロは真っすぐに突っ込んでくる。ジェネシス切れが近いからか、多様な攻撃はしてこないように見受けられる。勿論、必ずフェイクは入れてくる筈。それを見誤らず、正確に対応すれば勝てる。ゼロは消耗している。あのアンリとシスター相手に長時間戦って、余裕なわけが無い。二人の強さを誰よりも知っている私だから、確信できる。
遠距離攻撃も小細工もしてこない、単調に接近戦を挑んでくるつもりだ。
けどゼロとの殺し合いに集中する訳にはいかない。私にはやるべきことがある。
まずはアンリを回復させなければならないからだ。このまま放置すれば、出血多量で死ぬ。さっきからそんな隙が無いから、回復ができていないけど。
シスターの方は幸いなことに、無傷だ。服は破れ地面は血まみれだけど、アルファがぎりぎり回復したらしい。ならもう私が回復する必要はない。問題はアンリだ。
だが、今は好機。相手が悪なら、それを利用すればいい。
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
左手を“ゼロへかざし”、能力を発動する。
「おせえよ」
ゼロはまさか回復能力だとは思わないので、当然避ける。
そう、自分に向けられた能力が回復能力だとは察知できない。
回避された《聖女抱擁》はそのまま軌道上のアンリに直撃する。
「……」
まずは狙い通り。
ゼロは私に意識が集中し過ぎて、アンリが回復したことに気付いていない。
当たり前だ。敵に背中なんて見せない。
ゼロの本命とフェイクを入れ混ぜた攻撃方法を、自らに取り入れた私の新しい戦術だ。
――――何度も同じことを繰り返して、反復して、経験して成長し、未知を既知に変えながら、全ての既知を熟成しながら克服する。
――――繰り返し、経験し、既知を増やして強くなる。 “天才”を殺しなさい、セリカ。あなたなら必ず出来るわ。
シスターの言葉がよみがえる。
私にはこれといって取り柄というものがない。
私にできるのは全てを糧にして、成長することだけだ。
そして3分間の間にアンリが“運良く”目覚めれば、ゼロは背中から致命傷を受けることになる可能性すらある。
振り向かせない。全力を出させ、私に意識を向ける。
私だけで倒せるのがベストだけど、単独撃破できると思えるほどの楽観もできない。
ゼロに至近距離まで近づかれ、間合いに入られる。
《覇王領域》――ハオウリョウイキ――
突然、身体が“重く”なる。
内臓が圧迫される感覚で、息ぐるしくなり、膝を屈しそうになる。
私の白い炎も全てが上へ燃え上がることもなく、地面を這っている。
重量操作の能力……?
致命的な隙。ゼロはかつて、先輩が透を真っ二つにしたように、私の脳天目掛けて剣を振り下ろしてくる。
「――――あっけねえな。少し遊ぼうと思ったが、少し眠い。まぁ、さっさと死ね」
ギロチンのように振り下ろされる刃を直視し、私は初めて使う能力を発動する。
《半死半生》――ハンシハンショウ――
「なん――――っ」
突如。
ゼロの身体が傾き、紙一重で死の一撃は右へ逸れ、地面へ刃がめり込む。
ゼロも私と同じように、膝を屈し、地面に跪いている。
「俺の能力を“反射”しているのか? いや、違う……これは……」
呆然とゼロは呟き、分析する。
もう“反射”能力はアンリに託してしまった。
残っている私の切り札は数少ない。
使い勝手の悪すぎるこの能力は、きっとこの為にあったのだとすら思える。
「私の《半死半生》は、“痛み分け”の能力だよ。私を傷つければ傷つける程、半分に割ってその痛みと傷をあなたに返す」
これは私を救う能力じゃない。だから、敢えて教える。
この力は“三つ目の剣”と少し似ているかもしれない。
けれどこの能力は、近距離でしか使えず、死ぬほどのダメージを受けたり、即死の場合は分ける前に私が死んでしまうから、死なない程度で深刻なダメージで且つ、近距離という縛りがあるので、あまり実用的ではない。けれども、全ての能力は使いようだ。どんな能力も、工夫と組み合わせ次第では大幅に化けることがある。それはリリー戦やアンリの指導で理解してる。
三周して、悩み苦しみ足掻いて、四周目の私の所持能力は計算され尽くし既に出来上がっている筈なのだから。
「これが、Fランクの……私の、白いジェネシスの力だよ」
「つくづく、忌々しい限りだ……っ」
ゼロは嫌悪感に目を細めつつも、殺し合いによる興奮と高揚の笑みを浮かべていた。
私はそのまま《秋霜烈日》の白い炎を地面を這わせながら、ゼロへと向かわせる。動きはノロいけど、じわじわと確実にゼロへ炎は迫っていく。
「――――選ばせてあげる。能力を解くか、解かないかを」
「……いい度胸だ」
ゼロと私は不敵な笑みを浮かべにらみ合う。
いつの間にか無意識に使っていたダブルバインドに困惑しながらも、私は決意を新たにする。
いつか透すら吸収して上回り、私は前に進もうと思う。きっとそれすらできてしまえるのが、ジェネシスの持つ可能性だ。