第14話 七番目の月㉒【透視点】
「……君の行動は不可解だね」
何故、一撃で仕留めなかったのか。
透明になれる能力があるなら、僕を一撃で殺すことができたはずだ。だが、無駄に《絶対不死》を発動させ、透明になれる能力を解除して姿を見せた。僕を殺す決定打のある能力を所持していない可能性もあるが……。
とにかく、無駄が多過ぎる。僕の知るオメガはこんな非合理的な行動はしない。
ということは、非合理に見えて実は合理的なのか、あるいは僕の知る合理主義者ではなくなったのか。《主観盗撮》を使ってもさっきから何らかの異能力で無効化されてしまうし、どうしたものだろうね。
「忌々しい!」
いばら姫が暴れ狂っている。といっても、拘束されているので何もできないが。
そう、これもおかしい。
何故、いばら姫を殺さなかったのか?
僕は《絶対不死》があるにしろ、いばら姫なら殺すことは造作も無かった筈だ。
「僕の元に戻ってくる気になった……という訳でもなさそうだ」
行動と表情から察するしかないが、明らかに友好的ではない。僕を殺しているし、不可解にもほどがある。
これほどまでに……人の心が不可解だったことは……あっただろうか?
あるいは、そうやって僕に考えさせることこそが主たる目的なのか……。
だが、確かなことは一つだけだ。
「君の兄は、あそこにいるよ。一緒に迎えに行くかい?」
指をさし、僕はオメガへ問う。
あれこれ考えても仕方ない。
たった一つの質問で、オメガの胸中は掌握できるだろう。まぁ、無傷とはいかないかもしれないが。
そう、僕は心を読めなくても心が分かる。
白雪セリカには“壊れてる”などと言われてしまったが、僕は人間の心なら誰よりも理解している自負がある。人間を殺しながら誰よりも深く、その命の輝きを観察してきたのだから。
「透。私は、くだらない心理戦をしに来たんじゃないんだ」
「……」
「お前はもうすぐ“死ぬ”。これはもう確定している。動かない」
「それは、君が僕を殺すという意味かな? 宣戦布告と受け取ればいいかい?」
「……もうそんな“段階”じゃないんだ」
オメガは憐れむように言う。
まるで、僕が何も知らない原始人で、未来を生きる文明人が知能を持たない愚者を憐れむような表情だった。
「……意味が、分からないな」
「お前はもう終わっている。私にとっては、アルバムをめくるような感覚でしかない。死んだ人間に、時を巻き戻して会いに来たような、そんな感覚だな。調整の意味合いとは別に、お前にずっと言えなかったことを、言いに来たんだ」
僕を見ているようで、僕を見ていない。遠くを見るような深い眼差しのオメガに、僕は驚愕すら覚える。
「…………君は、何を見ているというんだ?」
暫く見ないうちに、僕の理解をとうに超えているようだ。
そのことに少しの寂寞と、愛しさを覚える。
「私は、お前を尊敬している」
「……」
「お前は誰にも許されない。多くの人間に憎まれ、蔑まれ、お前の死は喜ばれる。悪を愛し、悪を極めるとはそういうことだ。お前の死は大多数の人間にとっては歓迎され、祝福される。私も半分は同じ気持ちだ。お前の死を望んでる。卑しい人殺しの末路は、一つしかないからな。どれほどご大層な真理を並べようとも、殺人鬼は所詮殺人鬼でしかない。もし真っ当な生を歩みたいのであれば、自らの死を喜ばれるような人生だけは選んではいけない。だが、それでも……お前を尊敬している」
「……」
「透、いや、敢えて……この名で呼ぶよ。かつて誰よりも正義と善、そして家族を愛し、尊敬されたFランクの元弁護士、神室明」
「……わざわざ、調べたのかい?」
もう覚えてすらいない、僕の過去を。
「正直、私がお前を殺すことはいつでもできた。だが、お前の存在はセリカの成長に必要だし、お前はやはりFランクの手で裁かれるべきだと私は思っている。漆黒の私では……お前を本当の意味で弔うことはできないような、そんな気がしてな」
「……本当に、まるで白雪セリカが僕を殺すことが確定しているような口ぶりだね」
「ああ、そうだ」
「もし仮にそうだとして、君は随分……感傷的な性格になったんだね。以前の君なら、そんなくだらない感傷はせず、淡々と僕を殺しただろうに。ジェネシスを見ればわかるよ。凄まじい力だ。それがあれば、僕を殺すことはできたんだろうね……そうか……」
「お前がいなければ……お前がその狂気じみた思想を持ち、悪を愛していなければ、私は今ここにいなかっただろう。そしてセリカがGランクを目指すこともなかった。兄さんを巻き込んだことだけは今でも許していないが、それでもお前がいなければ私は何も為せないまま、死んでいただろう。お前は確かに救ったよ、99%を殺め1%の人間だけを救った。私のような、本来救われてはならない人間だけをな。だから感謝もしているんだよ。お前は誰にも許されず、白きジェネシスに殺される。だが……せめて私は、お前の死を偲ぼうと思う。ただの快楽殺人鬼としてではなく、悪を救う者としてな……。お前を殺すのセリカだ。だが、お前の死に場所を決めたのは私だ。それを、伝えておきたくてな」
「……君は……いや、いい。何となく、今の問答で分かったよ」
「……」
「この世界は“繰り返されて”いるんだね。何らかの能力によって。それで僕は、繰り返される前の世界で死んでいて、君はそれを見てきた……といったところか。一番最初の世界で僕が死んだのは恐らく、白雪セリカの力のみだろう。だが二番目以降の繰り返しからは、僕の死の設計図は、君が作ったものなんだろうね。一番最初に時が戻った“起点”はどこだろう。そこをゼロと仮定して、減算して、少しずつ加算して、戻そうとしているんだね。そのゼロ地点こそが、Gランクのタイムリミット……といったところか」
「……凄まじいな。この短い情報量だけでそこまで看破してくるか。やはりお前は正真正銘の化け物。これは誤算……だな」
オメガは話過ぎたことを少し後悔しているような様子だった。僕が“繰り返された世界”に気付くことまでは、想定していなかったようだ。
「だが、それでも……君の心まではどうしても見てこないな。全ては兄の為に、というところと、到達真理が“愛”に関連するものだというところまでは分かるが……そこから先が見えない。君は白雪セリカを“どう思って”いるんだろうね。そこだけが、僕には分からないよ。ああ、そうか……ここが分からないから、“壊れてる”のか。なるほど、理解したよ。……それにしても成長したんだね、オメガ。僕が分からない、踏み込めない領域まで到達したのか……それは素晴らしいことだ」
「……もうこれ以上、迂闊に喋るのはやめた方が良さそうだな。もう手遅れかもしれないが」
「ありがとう、わざわざ透明の能力を解除してまで、伝えにきてくれて。おかげで楽しみが増えたよ。君が描いた僕の未来絵図を、心待ちにしよう」
「透! アンタ、いったい何を!」
いばら姫がヒステリーを起こしている。
「済まない、いばら姫。《赤い羊》は今日を以て解散する。僕はこれから、一人で行動するよ。君も好きに生きるといい。骸骨の鎖に溺れるのも、抗うのも、君の自由だ。君も見つけるといいよ、何の為に生きるのか、何の為に死ぬのか。自分の命に価値を付ける為に、好きなように生きるといいさ」
「な、なに言って……」
「結、いばら姫も直接殺す気はないんだろ? いばら姫を解放してくれ。もう時間稼ぎもいいだろうし、ね」
「……」
僕が言うと、結はいばら姫の拘束を解いた。
《自在転移》――ジザイテンイ――
いばら姫は戦線を一瞬で離脱する。骸骨の元へ行ったのだろう。
「僕は君が分からないが、今ので一つだけ見えたことがある。君は“まだ”迷ってる。いばら姫を殺さなかったことが、いい証拠だ。白雪セリカの為なら、ここで絶対に殺すべきだからね。君の願いは、“本当に”Gランクなんかにあるのかな?」
僕は結の目を真っすぐに見つめて言うと、結は一瞬驚愕してから、睨みつけてくる。
「……怪物が」
「ごめんよ、それは誉め言葉だ。だが、結。僕は君の幸せを願っている。それだけは本当だよ」
僕はそう言い残し、飛び去った。
恐らくは今生の別れ。
ま、僕がこれで死んでしまえばの話だけどね。