第14話 七番目の月⑳【白雪セリカ視点】
気まぐれ再投稿。
――――セリカ。
「……?」
誰かに呼ばれたような気がして、私は起き上がる。頭がぼんやりし、辺りを見回すと、そこは見覚えのある教室の中だった。開かれた窓に木漏れ日が差し込み、カーテンがゆらゆらと揺れて遠くから運動部の掛け声が聞こえる。
それを見て確信する。これは夢……夢の中だ。
教室の中には、私の他に二人いた。二人は私が見えていないのか、お互いだけを見つめ合っている。
その二人は……私と、先輩だった。
私は、私を俯瞰して見ていた。
この感覚は……。思い出せない記憶の残滓を見ている時の感覚。
「……時間切れだ。だが、最期に全部伝えることができてよかった。結に、よろしく伝えてくれ。愛してる。済まなかったと」
「先輩……っ!」
先輩を強く強く抱きしめるもう一人の私。
「セリカ、俺を……”人間”のまま死なせてくれてありがとう。それから、これは俺のエゴだ。最後にこんなことをする俺の非道をどうか許してほしい」
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
ああ、なんてことだろう。
こんな夢、見たくなかった。夢なら、せめて幸せな記憶ならよかったのに。
この夢は先輩が自分自身を殺せと命令した時の、最後の別れの記憶の場面だ。
「――――五分間、記憶を失いそこに硬直しろ」
「……!?」
次の言葉は、私の記憶とは異なるものだった。
そして、先輩はゆっくりと“こちら”へ振り返った。
それから、目がはっきりと合う。
「……先、輩?」
私は驚愕しながら呟くように言うが、先輩は困ったように微笑んだ。
「……随分、強くなったな。顔つきで分かる。まぁ……女の子には可愛いとか言って褒めるのが本来は良いのかもしれないが、俺もお前も変わり者だからな、こんな変な誉め言葉で許してくれ」
「……私が、見えてるの?」
「ああ、見えてるよ。今いるこの場所は、時間操作の能力と精神世界構築の能力がぐちゃぐちゃに混ざり合ってる空間だからな。未来が過去に、過去が未来に行き来することもあるのかもしれない。ジェネシスはいつだって破壊的で、不可解な現象を起こすからな」
「Gランクは……私には、遠過ぎるよ。それに私は……先輩を殺したくないよ」
出てきたのは弱音だった。アンリやシスター達には聞かせられない、私の“弱さ”だった。私は……先輩の前だとどうしても弱くなる。強く在ることができなくなる。
今まで抗い抜いてきた力が、嘘のように思える程、私はただ先輩に甘えていたかった。
先輩は困ったように笑いながら、私の頭をくしゃっと撫でた。
「ごめんな。俺は……お前に答えを示せない。本来外道寄りの俺には、お前を導くようなことなんてできないんだ」
「……っ」
今度は涙が流れてくる。
こんなに弱かったのかと、自分でも自分に驚いてしまう。
「今だから言うが、Gランクなんて本当は存在しないんだ。俺の嘘だ。もしそんなものがあれば、お前の希望になると思って、お前には嘘を吐いた。お前にとっては過去のお前に……だが。でも……お前はきっと俺の嘘を信じて、真実にしてみせるんじゃないかって勝手に思っていた。それがお前を救うことになると……俺のただの……悔恨みたいなものなんだ……」
先輩は悲し気にそう呟いた。
「嘘……だったんだ」
「……怒ったか?」
「怒ってるよ」
「そ、そうか……」
「嘘だよ。嘘のし返し」
私はそう言って微笑む。
「だってGランクって希望が無ければ、私はとっくに折れていたと思うから。それに……ジェネシスは欲望を具現化する力。先輩の嘘を希望に変えて、私はGランクに辿り着いて見せる。むしろ先輩が私の為についた嘘だと知った方が、もっと具現化する意志が強くなった気がする」
「……本当に、強く、なったんだな」
先輩は眩しそうに私を見つめる。
「……私、やっぱり先輩のこと、殺したくない……」
「Gランクは、俺を殺した後で良い。お前なら大丈夫だ」
「…………っ」
「躊躇するな。蘇生後の俺は別人だと思え」
「……どうしても、やらなくちゃいけないの?」
「骸骨の蘇生能力、《冒涜生誕》には、“生前の自分を否定”し、且つ、“生前に封印した破壊衝動を呼び覚ます”効果がある。お前を守ることに命を賭けた俺は、お前を殺すことに命を賭けることになるだろう。そして俺は……且つてこの世界の在り方に疑問を抱いたことがある。まぁ小学生、中坊、そんぐらいの思春期の頃には抱きがちな、大人や社会の在り方に対する疑問、疑念みたいなもんだ。そういうのは大人になるにつれて薄れていくものだが、SSSにまで到達してなお、その疑念を力で“正そう”とするなら、死体の山では済まない程の犠牲を払い、人類の9割以上を滅ぼすことになるかもしれない」
「…………」
「恐らく蘇生後の俺の言っていることにはある一定の論理的な“正しさ”があるかもしれない。だが、人間とは間違っている生き物。正しい世界なんてありえない。子供の描いた理想に、SSSのジェネシスが加わるとどうなるか、想像すれば地獄絵図になると分かる筈だ」
「止める方法は……無いの? 殺す以外に」
「骸骨の《冒涜生誕》には、まだ続きがあるんだ。生前に最も大事にしていた感情、記憶を喪失し、嫌悪するようになる。文字通り、全ての生を冒涜する能力だ。だから……もう駄目なんだ。分かってくれ」
「――――っ」
「お前にしか頼めない。お前にしか……頼めないんだ。俺を殺し、Gランクになれ。これは、他の誰にもできない。お前にしかできないことだ。Fランクを超える聖なる力がまだあるのなら、神とすら対等になれる筈だ。“人間の価値”を本当の意味で示せるのは、GランクになりえるFランクしかいない。内面の薄っぺらい知能だけが取り柄のサイコパスには千億年かかってもできないこと。透や、俺じゃない。この道を進めるのはお前だけだ」
「先輩……」
「これから俺は、過去のお前に百回ほど命令を下す。記憶が失われ硬直している状態に99回。正気に戻った段階で1回。この1回はダミーだ。お前の性格だ、きっと《守護聖女》で解除してしまうだろうからな。でも、《守護聖女》にも弱点はある。自覚できていない能力効果は解除できない。だから99回、青の鎖が具現化するその時が、お前が俺を殺すチャンスだ」
「……っ」
「頼むから、俺にお前を殺させないでくれ。いつまで経っても世界平和と非支配社会すら実現できない人間を神はとっくに見限っているが、Gランクに手が届き得る人間にだけは甘い。お前にしか出せないジェネシスの色を、見せつけてやるんだ」
先輩はそう、励ますように言う。
「セリカ。これを俺が言うのはお前にとっては二度目なのかもしれないが……。空っぽだった俺が、こんなに人間らしく生きられたのはお前のおかげだ。こんな俺をここまで愛してくれてありがとう。俺も、お前のことを……愛してる」
先輩の言葉を最後に、“二度目”の夢は終わる。
♦♦♦
夢は終わり、私は何も思い出せない。
何故か零れる涙の正体は分からないまま、胸にぽっかりと空いた喪失感だけが残ってる。
「セリカ! セリカ!」
誰かの必死な声に揺さぶられ、私は目を覚ます。
血まみれのシスターが泣きそうな顔で私を揺さぶっていた。
空には狂おしい程の赤い満月。
完全な状況把握はできないけれど、マズい状況だということは分かる。
――――《白夜月光》を。
三周目の淡々とした声が聞こえたような気がした。
直感的に、《白夜月光》の能力を発動する。
過去の経験によるものなのか、声によるものか、判らないけれど、この能力を発動しなければ全てが崩壊するという確信があった。
私は立ち上がり空に手を伸ばしながら、祈るように能力を発動する。
ああ、そうだ、思い出した。
この能力は――――
(――――運に“14の開き”があるお前では、絶対に耐えられない一撃だ。じゃあな)
《乾坤一擲》――ケンコンイッテキ――
《白夜月光》――ビャクヤゲッコウ――
「殺させない」
《白夜月光》を発動し、月とともに白い天使の輪っかが私の頭上に具現化する。
私は自分の運の全てをアンリに“移行”する。
アンリの頭上の数値は、「マイナス7」から「プラス3」へと変化する。
私はこの能力の本質を、思い出した。
《運命之環》発動中にしか発動しない超限定的な能力。
これは自分の運を、“分け与え”たり、“相殺”する能力。
全ては、ゼロを――――
――――止める為に。
「ようやくお目覚めか、雪の女王。お前の力は途中までしか見れてねえからな。少し遊んでやるよ。ま、あまり時間はないがな」
先輩は……ゼロは眠そうに欠伸をした後、おちょくるように挑発してくる。
……ジェネシス切れが、近い?
私は無言のまま、《白雪之剣》を具現化し、構える。
いつの間にか青き鎖が私の両腕を包み込むように具現化し、揺蕩うように静かにゆらゆらと揺れている。
白と赤の二つの満月はいつの間にか縦に真っ二つに割れていて、世界は静寂に包まれていた。