第14話 七番目の月⑱【赤染アンリ視点】
「人間主体の世界を終わらせる。“その為”に生まれてきたってさ……。ゼロ君、あなたは人でありながら、人を否定するの? その自己矛盾を抱いてこじらせちゃった人間は自殺を選ぶんだけどな? たまにいるわよね、頭が良すぎたり、天才過ぎて自殺しちゃう人。あなたもそっち系? もっと凡人の感性を大切にした方がいいと思うわ。人間は人間以下になることはできても、人間以上にはなれないんだから」
「ハッ、よく言うぜ。Gランクってやつは、“人間以上”の存在なんだろ? 少なくともお前はそう思っているから白どもについている」
「はぁ……。馬鹿そうに見えて切れ者なのは生前と同じってわけね」
話術では支配できない……か。
透でもこいつは御し切れないだろうな……と察する。
あるいは、そこが“付け込む隙”なのかもしれないが。
《赤い羊》の現時点での脆弱性は間違いなくゼロにある。
もし、ゼロを上手く利用できれば、《赤い羊》は消せるかもしれない。
透はSS以上のジェノサイダーを特別視する傾向にある。ゼロにより指揮系統が瓦解すれば、あいつらを殲滅するチャンスが生まれるかもしれない。
「赤染アンリ。人間の定義とは何だ?」
透かよ。またメンドいこと言い始めたなぁ……。
思春期かよという感じだが、まぁゼロは生まれたてだし、仕方ないか……。
適当にお茶を濁しても良いが、《曼殊沙華》をもっと吸わせたい。
毒殺できずとも、一瞬でも隙を作れれば首を叩き落せるからね。
せこい目論見を胸に抱きつつ、私は会話を続けることにした。
「知性と道徳を兼ね備えた社会的な動物。みたいな感じかな」
「では、人間主体の世界とは何だ?」
「超少数の非労働者が支配するヒエラルキーのもと、大多数の労働者がそれを支える奴隷社会。過去も現在も未来もそれは変わらないでしょうね。奴隷制も貴族制も廃止されたけど、人間は人間とそれ以外の生物を支配し、支配されて社会は成り立っている。人間の本質は変わらない」
「では何故その支配は成り立っている? 80億以上の人間がいて、上位と下位を分けている基準はなんだ? 超少数の支配者は大多数の人間を支配できるほど本当に力があるのか、示せるのか?」
「権力、知力、財力、才能、人望、まぁ色々あると思うけど……」
「違うな、赤染アンリ。お前はジェノサイダーとしては最高の女かもしれないが、そこだけは俺と相いれないようだ。生まれて初めての感情だな、これが“惜しい”と思う感情か……」
「…………」
「さっきも言ったが、全ては“運”に過ぎない。この世でのさばりイキがってる権力者も有識者も金持ちもアーティストもインフルエンサーも、結局は“運”で成り上がっている豚に過ぎない。努力できる土台すらも運だ。まがい物だよなぁ、そんなものは。誰もが疑う余地の無い本当の力と呼べるモノがあれば、それこそが真の価値と呼べると、俺はそう思っている」
この独特な思考回路。これが、”真理の破壊を齎す者の領域”ってことかしらね……。
SSSについては、アルファちゃんから少しだけ聞いている。
「……なるほど、それがジェネシスってわけね。まぁ、君の独特な哲学は理解したわ。で、君はこれから何を為すの? そのジェネシスを使って」
「力を示すだけだ。“本当の力”をな」
ゼロは不敵に笑い、そう宣言した。
「…………」
やはりこいつは、何としても消さねばならないらしい……。
力を示す……ということは。
透以上にこいつは人間を殺すということだ。
まぁ、ぶっちゃけ何人死んでも私には関係ないし何とも思わないけれど、セリカが目指すGランクとは対極の道だということだけは理解できる。
私はゼロを殺す決意を、更に深くする。
「お前らが目指すGランクとやらで”真の力”を証明してみせろ。それが俺の力を上回ったそのときだけは、甘んじて敗北を認めてやるよ。さて、“そろそろ”いいだろ」
「……っ」
――――来る、何か。
ゼロの気配が変わった。
雑談じみた調子から、残酷な愉悦の気配へと。
《運命之環》――ウンメイノワ――
ゼロの頭上に「マイナス10」の文字と、更にその上に黒き天使の輪が具現化する。
「さっきよりも……巨大化している」
シスターちゃんが呆然と呟く声が聞こえる。
「カウント」
ゼロは私を指さし、微笑う。
「プラス7か。赤染アンリ、お前のラッキーセブンもどうやらここまでのようだな。残念だ、お前のような天才的な人間ですら、クソくだらないただの運の成り上がりに過ぎなかったことがな……」
ゼロはそう、残念そうに呟いた。