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±0  作者: 日向陽夏
第3章 黒へと至る少女【前】 運命之環編
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第14話 七番目の月⑰【赤染アンリ視点】

 

 《覇王領域》――ハオウリョウイキ――


「……まさか、こいつを使わされるとはな……」

 貫いたと思った弾丸はしかし、ゼロに直撃する直前の位置で停滞、やがて停止し、ゆっくりと落下し、地面に風穴を空けた。轟音が鳴り響き、かなりの威力と知る。

 目視だけでは、分からない。どういう能力なんだ?

 使わされる、という言い方から、使うつもりがなかったことが分かる。恐らくは切り札の類だったのだろうけど……。

 無効化には見えないし、かといって肉眼では見えないし……。

 まぁ何にせよ、近距離戦では《紫電一閃》という雷の攻撃、《即死愛撫》による加速で攻めてくるパターンが多い。なるべく近接戦は避けたいところだ。《監禁傀儡》も地味に怖いし。

 中距離は《処刑斬首》と《必中魔弾》。カウンターが上手くハマれば殺せるかもしれないけど、さっきの《覇王領域》とかいう中二なネーミング能力に阻まれる。

 遠距離はまだ試していないけど、《必中魔弾》と何か別の能力を組み合わせて攻めてくるのだろう。

 そして色は天下のジェットブラックジェネシス。

 攻撃、回避、防御、全てにおいて隙が無い。戦闘センスもあり判断力も高い。

 しかもまだゼロは、“運操作”の能力を使っていないように見える。

 つまりはまだまだ底が知れない、ということだ。

 うーーーーん、メンドいなぁぁ……。

 刑務所の囚人みたいに一分ごとに50人殺せれば楽なんだけどな……。

「“反射”能力なのは百歩譲って認めるにしても、解せねえな。俺は反射と判断した直後即座に《必中魔弾》を解除した。にも拘わらず攻撃は飛んできた。てめえ、なんかやったな?」

 探るようにゼロは私を睨んでくる。

 ご名答。“反射”は一時的に能力の所有権すら奪うことができる。解除したところで何の意味も無い。が、わざわざ答えてやるほど私はお人よしではなかった。

「……」

 私も万能型の能力者だけど、万能型の敵ってこんなにメンドいのか……。

 こうなったら、戦闘よりもメンタルをぶっ叩く方向性も視野に入れる必要がある。生前の話をするとキレて冷静さを失うようなので、その辺りがミソなんだろうけど……。

 伸るか反るか。少し、つついてみるか。

「あのさぁ、ゼロ君。疲れない? あなたは何で、どうして戦ってるの? 私達には大義があるけど、あなたには過去も記憶すらも無い、言ってみれば生まれたての赤ちゃんでしょ? 何がしたいの? 透がパパみたいな感じなの? パパに言われたから、取り合えずいうこと聞いて私達を殺しに来た。みたいな感じなのかな?」

 ゼロ君はなかなかプライドが高そうなので、敢えて透を持ち上げることで透への反感でも煽っておくか。

 人間とは不思議なもので、身内を他人に褒められると下げたくなり、身内を他人に下げられると上げたくなる。既にパートナーがいる相手を口説く時に、相手のパートナーを褒めちぎり相手に下げさせる心理誘導で、夜職や不倫愛好家がよく使う手法でもある。このマインドコントロールは、異性を食い物にするタイプの人間の十八番だ。

 なぜこんなことを知っているのか? それは企業秘密。

「透? あいつは協力者だ。利害が一致する限りはな。俺はただ試したいだけだ。この力をな……。どれだけやれるのか、“どこまで”やれるのか。だがその辺の人間だと一瞬で消し飛ぶ。そこそこ強くて張り合いのあるFランクがちょうどいい相手だったってだけだ」

「黒い雨まで降らせたら、取り返しがつかないとは思わないの?」

 さっき1500人殺しておいて、お前が言うなという感じかもしれないが、ゼロはそれを知らないので図々しく倫理的な論法を展開する。

「ハッ、知るかよ。俺にとって価値ある命は同じ黒だけだ。そこのメアリーとかいう腑抜けは例外としてな。だが赤染アンリ、お前の強さには目を暇るものがある。お前も俺にとっては価値がある人間だ」

「えー、と、つまり? ジェネシスを使うことに秀でていて、強い奴は生きてる価値があるけど、ジェネシスが使えない人間や、ジェネシスが使えても弱い人間は死んでもOKっていう価値観ってことかしら?」

「その通りだ。一瞬で纏めるとはな。お前は頭もキレるんだな」

「それなら、SSSを上回るジェネシスに関してはどういうスタンスになる訳?」

「それは……そこの女の方便じゃないのか?」

「セリカはFランクを超えるGランクを目指してる。あなたのジェネシスに対する思い入れを鑑みると、ここでセリカを殺しちゃうのは損失だと思うのだけれど。私達と敵対する理由が、いまいちよく分からないわね。味方になれとまでは言わないけど、不干渉という訳にはいかないのかしら?」

 自分でも驚くほど友好的な言葉が次から次へと出てくるけれども、ゼロを生かしておく理由は全く無い。少しでも隙を見せたら、その瞬間確実に殺す。セリカも気絶してることだし、やるなら今しかない。死体はミンチにしてシスターちゃんの雷で消し炭にしてしまえば、死体も消せる。ゼロは遠いどこかへ行ってしまった……。子供に言い聞かせるメリバの絵本のように、セリカに対しての説明は、そういう幕引きの仕方もある。

 敵意が無い、まぁ放っておいてもいいかと一瞬でもゼロに思わせることができれば……私の勝ちだ。こんな強大な力を持っていて気まぐれで予測できない男、放置する方がリスクだしね。赤ちゃんの内に、自我が成長する前に摘み取ってしまうのが一番ベストな選択肢ではある。

「その女は……ジェネシスを“救済”の力に変えると言った。俺はそれが気に食わない」

「…………それは、何故?」

「“救済する価値”が、人間にあるのか?」

「…………価値」

「知能は人間以上、道徳は昆虫未満のサイコパスどもが支配する社会。止まらない貧困。増え続ける老人と減り続ける若者。過労死する労働者。強姦や殺人やいじめによる自殺で死刑にならず平然と生きる加害者。死ぬほど働いても手取り10万円台の人間と、汗一つかかず投資や遺産、働かず血税をすすりヒルのように生きる者、必要のない職業で豪遊する者。戦争を始める国と、兵器と武器で大金を稼ぐ者と、虐殺される弱者と死ぬ兵隊。いつまで続ける気だ? このクソみてえにくだらない人間主体の世界を。どんだけ医療と科学を発達させても、長生きするのは金を持った肥えた豚みてえな人間だけだ。人類が長寿である必要性が無い。だが金儲けの為に人間は人間を生かそうとする。全ては金の為だ。千年前の人間が“希望”を追い求めて進化し続けた結果がこれだ。なら千年後の人間はどうなっちまうと思う? なぁ、いつまで……いつまで終わらせない気だ?」

 ゼロは、静かに問う。

 だが私は……その問いに対する言葉を口にできなかった。

「…………記憶、本当に無いの?」

「フッ、さぁな。俺は俺を知らないが……。俺はかつてこういうことを考えていたことは分かる。思考が、感情が流れ込んでくることが時々あってな。まぁ、お前らのことや白雪セリカのことについては全く思い出せないが……。俺は、そろそろ人間主体の世界は終わってもいいのではないかと思っている」

「人間主体の世界を……終わらせる」

「この世でのさばってる人間は、全てが“運”で成り上がってきたに過ぎない豚だ。生まれた時代、生まれた場所。性別が違うだけで人生の全てが変わる。関わる人間が変わるからな。ほんの一つ、ボタンが掛け間違っただけで、全てが狂う。“適応力”などと言って誤魔化す者もいるが、そもそも適応できる環境に存在できたこと自体が“運”に過ぎない。落雷に打たれて死ぬ確率、車に撥ねられて死ぬ確率、犯罪に巻き込まれる確率、障碍者として生まれる確率、子供を虐待する親の子供として生まれる確率、自分の才能が発揮できる環境が存在しない確率、全ては“運”だろう。俺は……そうか……俺は――――」

「……」

 あー、マズった。

 “私”は、ゼロと対話すべきではなかった。

 私と百鬼君は似ている。

 写し鏡のように、私たちは……どこまでも似ている。

 だからこそ、私たちが対話してしまうと……気付きが生まれてしまう。

 お互いがお互いを鏡で見て間違い探しをするように。

 そして百鬼君はもういない。目の前にいるのはゼロだ。

 ゼロは私を見て、自分の自我の根っこのようなものを、僅かながら手繰り寄せてしまった。


「……そうか。俺は“その為”に生まれてきたのかもしれんな……」


 ゼロは、静かに、けれど確信を持っているかのように、そう呟いた。


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