第14話 七番目の月⑭【赤染アンリ視点】
同刻。とある刑務所にて。
「た、助けて……なぜ、なぜこんな――――」
囚人服を着た初老の男が胴体だけ地面を腕で引きずりながら、救いを求めるように私に手を伸ばす。
眼前に広がるのは、バラバラになった大量の死体。頭部、胴体、腕、足、大量の人体パーツが無茶苦茶にかき混ぜたジクソーパズルのようにしっちゃかめっちゃかになっている。
あまりにも原型が無さ過ぎるのと人数が多すぎて元が人間であることに気付けないかもしれない。それほどの大量の肉塊が地面に転がっていた。血の匂いが凄すぎるけど、殺人カリキュラムで慣れてしまったのか何とも思わなかった。
「ごめんなさいね。私としても本意ではないけど、これは“必要なこと”だから。でもあなたの死は無駄にはしないことは約束するわ、私の存在に賭けて」
ある刑務所を襲撃し、1500人ほど仕留めた私は、囚人服を着た最後の生き残りの首を撥ね、血を回収する。
ある程度の人数が一か所に集約されており、且つ閉鎖的で、部外者の私が活動しやすい場所。今すぐ思いつく該当対象は老人ホーム、病院、学校、刑務所のうちどれかだった。その中で最も犠牲を出しても問題なさそうな場所は、消去法で刑務所だった。
《朱色満月》は空に浮きながら、巨大に膨れ上がっている。
セリカ一人の血を数時間収集したけど、あの程度ではまるで足りない。
時間もかかり、効率も悪く、何よりセリカにはそんなことに時間を割いている余裕は無い。何としても“別の手段”で血を回収する必要があった。それも、できるだけ多く。
何故このタイミングなのかというと、ジェネシスを使用した戦闘訓練とGランクプランをまとめるのに思ったより時間がかかったことと、シスターの独断専行による気絶によりタイムスケジュールが狂ったこと等、色々影響している。血の回収に使える時間はせいぜい長くても1時間。急いでセリカのところへ行かなくちゃね。
「お前……一体何者……」
手刀で昏倒させたはずの十数人の刑務官の内一人が、起き上がり警棒を構える。撃たれることを警戒していたけど、どうやら刑務官は警官と違い、拳銃を携帯していないらしい。
殺すか迷ったが、“必要悪”は飽くまでも必要な悪。刑務官を殺すほど今は切羽詰まってはいなかった。1500人ほどの血液で、ひとまずは十分でしょう。
「何者? 本名を名乗るわけにはいかないし、答えるのは難しいところね」
……それにしても。この力、本当に恐ろしい。自分がジェネシスを使えるから違和感が無いが、ジェネシスが使えない人間なら虫を殺すより簡単に殺せてしまう。事実、予定していた時間より短い30分ほどで、いとも簡単に1500の人間を殺害することができた。ただの一度の反撃すら許さなかった。文字通り、完封。
私の能力は近距離、中距離、遠距離全てに対応している。点での攻撃、線での攻撃、範囲攻撃、防御にも使えるしほぼ万能と言っていい。人間には、私は殺せないのかもね。
「元生徒会長。とだけ、言っておくわ。さようなら公務員さん」
翼に血を収斂させ、飛び立つ。
時間は惜しいけれど、さきほどの大虐殺で作業服を見て思いついたことを試してみようかしら。
返り血すら満月に吸収させ、消滅させ一旦しまっておく。
「……お財布、あったかしら?」
私は適当な所で着地し、洋服店へ行くと三着ほど動きやすそうなトレンチコートを見繕うと、すぐに思い付きを実行に移す。
「……へぇ、悪くないわね」
仕上がった三着の内、一つのコートに袖を通す。二つのコートはついでに買ったショルダーバッグに突っ込んで運ぶことにする。
「さて、こっちの用は済んだけど……」
(セリカ、聞こえる?)
チャネリングで呼びかけるも、応答は無い。
少し嫌なものを感じた私は、すぐさまチャネリング先をカナちゃんに切り替える。
(カナちゃん、聞こえる?)
(何してるの、早く来なさい! ゼロが、もうすぐそこまで来てる!)
いきなり、矢継ぎ早に怒鳴られる。
(……そっちが勝手に気絶させたんでしょうに。まぁいいわ。場所は?)
(空を見なさい)
空を注視すると、遠くの方で一筋の白い雷が一瞬煌めくのが見える。
「なるほど、こういう能力の使い方もあるって訳ね」
勉強になる。
それにしても、住所を言ってる余裕もないほど切迫してるってことは……本当にマズい状況なのかもしれない。
(今行く。何とかもたせて)
(簡単に言ってくれる……っ!)
テンパったシスターちゃんの声を最後に、チャネリングは切れてしまう。
「……急ぎましょうか」
私は両翼を広げ、飛び立つ。辺りの通行人が私が飛んだことに気付くよりも先に、空を駆け抜けて弾丸のように加速する。
着慣れないコートが風に抵抗することもなく、程よく身体に馴染んでいる。
さすがは私の“特製”ね。
気になるのは、セリカが返事をしなかったことだ。
いくら余裕が無いとはいえ、応答が無いのはらしくない。ゼロはよほどの相手らしい。
ゼロ……か。
♦♦♦
「骸骨ってやつの異能で蘇った後の百鬼君は、どんな人間になると思う?」
(……SSかSSSのどちらかは分からんが、普通に化け物だろうな、恐らくは)
「あはは、人間ですらないんだ。笑える」
(安心した。そこで笑えてこそお前らしい)
「そっかそっか。それじゃあ、“また”ね。百鬼君」
♦♦♦
かつて百鬼君とした会話をふと、思い出す。
「化け物の百鬼君か……。会いたいような、会いたくないような、複雑な気分かな」
苦笑を零しながら、私はセリカ達の元へ向かうのだった。