第14話 七番目の月⑪【白雪セリカ視点】
「僕らは沢山人間を殺すかもしれない。その僕らを許容することに慣れるまで時間もかかるだろう。だが愛する者の為に、他人の犠牲を肯定するのは、人間として当たり前の感情だ。隣の国で戦争をしていても、誰も直接手を差し伸べないようにね。何も恥じることは無いんだよ」
「…………」
透は私を……揺さぶろうとしている。そして、見透かされている。
そしてそれは、かつて私がヒキガエルにやったことでもある。
「セリカ」
シスターは私の沈黙を不気味に思ったのか、声をかけてくるけれども、手でそれを制す。
「透。私は、リリーを殺したよ」
真っすぐに透の目を見つめて、私は生まれて初めての自分の意思での殺人を告白する。
「……それがどうかしたかい?」
「必死だった。生き延びたかった。死にたくなかった。怖かった。だから……殺した。今でもずっとこの手に残ってる。リリーを殺したあの時の感触が」
「……つまり、何が言いたいんだい?」
「快楽殺人鬼を殺してさえ、これほどまでに苦しいのに……。どうしてあなたは、あなた達は、人が殺せてしまうの? これからもそれを、ずっと続けていくの? どうして……そんなことができるの?」
「――――ハッ、何を言うかと思えば! お前らはゴキブリを殺す時にいちいち心を痛めるのかよ。ゴミ掃除した時の爽快感しかねえだろうが」
ゼロが嘲笑する。
「…………先輩」
「だから、変な呼び方を――――」
「もう……取り返しがつかない」
ゼロになった先輩が目覚めてから、何人殺したのか。
心が、軋むように痛い。
もし、許されるのなら。ここで死んでしまいたい。
見ていたくない。これ以上……狂った先輩を。
もう……取り返しがつかないほど殺してしまっている。
本当に……先輩なのか? 私と出会わなかった場合の先輩、とも思えない。ここまで性格が変わるのだろうか?
骸骨の蘇生能力は、もしかしたら通常の蘇生ではないのかもしれない。もっと、もっと恐ろしい何かを感じる……。私の《死者蘇生》とは全く違う可能性が高い。
ゼロは殺し過ぎた……。
そして次は……言葉にするのも恐ろしい……黒い雨を降らせようとしている……。もうお遊びで許される話ではない。何年償っても足りない。死んでも、許されない。
それに……。
「リリーは、仲間だったんでしょう? 大切だったんじゃないの? 私が憎いとは思わないの? 仲間を殺した私のことを」
透に問う。悪を愛するというのなら、リリーを殺した私を仲間にしようなどと思うのは変な話だ。
「彼女は良い人材だった。今でも忸怩たる思いであることは認めよう。だが君は“それ以上”だ」
「それ……以上?」
「一目見た時から、君からは“何か”を感じる。死ぬ前に、僕が君を恐れていたのが分かる。だが分からない。僕は君の何を恐れているのか……。それを確かめたいのさ」
「あなたは悪を愛するという。でもリリーを殺した私を憎めないあなたの“愛”って、何? あなたは、壊れてるよ」
「…………僕が、壊れている?」
「愛する人を殺されたのなら、殺した相手を憎む筈。私を憎めないあなたは結局、悪であるリリーを愛していなかった。あなたは何も愛せない人。だからこそ、平然と愛を騙る。それがあなたの嘘であり、あなたの欠落した本質なんだと思う」
「…………っ」
透からは初めて余裕のある笑みが消え、驚愕と動揺が表情に出る。
「――――透。あなたは本当に、悪を愛しているの?」
透。
あなたが闇に私を引きずり込もうとする限り。
私はあなたの対極の存在であり続ける。
「雪の女王には、私はならない。私は、白雪セリカだよ」
いつかの結が自分の名前を透に宣言した時を思い出す。
私は、透の漆黒の瞳を真っすぐに見つめ返した。