第14話 七番目の月⑨【白雪セリカ視点】
《運命之環》――ウンメイノワ――
「……ちっ」
先輩……いや、ゼロは能力を発動するも不発に終わる。
先ほどの黒い天使の輪の能力だろうか? 時間切れと言っていたことから、シスター達との戦闘で今はクールタイムに突入したのかもしれない。
「この世で最高の運『プラス10』のお前を相手に、まさかの《運命之環》無しでとはな……。マジでお前は“運が良い”らしい。忌々しい限りだ。実力で捻じ伏せるしか、無さそうだな……。キルキルキルル!」
《即死愛撫》――ソクシアイブ――
《明鏡止水》――メイキョウシスイ――
《全身全霊》――ゼンシンゼンレイ――
ジェネシスを出し惜しむことはできなさそう。
《明鏡止水》は一秒を体感三秒に変えることができるけど、飽くまで動体視力と集中力のみを加速させる能力に過ぎない。
でも。この力だけではゼロ、花子とは渡り合えない。
その時間的、身体的制限を完全に解き、ジェネシスをフルスロットルに開放する能力、《全身全霊》と組み合わせることで、初めて真価を発揮する。
この力を使えば、《明鏡止水》のまま身体も高速でジェネシス切れになるまで行動し続けることができる。
でも《全身全霊》、《明鏡止水》を組み合わせはジェネシスの消耗が激し過ぎる。《守護天使》という“保険”無くしては発動できない無謀な戦闘スタイルだ。
――――一瞬だった。
黒き剣と白の剣を切り結び、ジェネシスが煌めく。
ゼロは正面突破で私に突っ込んできて、私はそれを剣を以て迎え撃つ。
――――でも。
剣が弾かれ、ゼロは私を腕で薙ぎ払い横に吹っ飛ばすと、そのまま私の背後、シスター目掛けて突っ込んでいく。
フェイクのような本命。本命のようなフェイク。
この戦闘スタイルは花子を彷彿とさせる。
全ての動作が“次”の攻撃に繋がっている。
けれど、想定の範囲内。
意外と私は動揺していなかった。
この戦いを、心のどこかで覚悟していたのかもしれない。
それは長い長いループの中で忘却した決意の残滓か、アルファの進言か、シスターとメアリーの窮地か、過去の私の忠告か、定かではないけれど。
《守護聖盾》――シュゴセイジュ――
シスターは首のダメージをアルファに交代して癒そうとしていた。交代の瞬間は、致命的な隙。ゼロは私を攻撃する行為そのものを囮にし、シスター達と私の油断を誘ったのだろう。
アルファを守る三つの盾と、ゼロの剣が衝突し、白き盾と黒き剣の両方が砕け散る。
「チッ!」
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
こっちを振り向きもせず、正確に私の首筋に黒き鎖を具現化し、拘束しようとしてくる。
《秋霜烈日》――シュウソウレツジツ――
アンリ達との特訓が活きた。
極小のジェネシスで、最小限の白き炎を具現化。ジェネシスに即座に混ぜ、首へ収斂させ防御する。黒き鎖は《秋霜烈日》に燃やされ、消滅する。
《必中魔弾》――ヒッチュウマダン――
ゼロ距離攻撃。
治癒終了し、交代した直後のシスターへ至近距離での弾丸攻撃。
《守護聖盾》――シュゴセイジュ――
《粉雪水晶》――コナユキスイショウ――
私の前に盾を具現化し、粉雪を振り付ける。
《粉雪水晶》は、放出されたジェネシスを強制的に磁石のように引き付ける能力だ。シスターへ向けられた《必中魔弾》は私の目の前の盾へと軌道を変え突っ込んでくる。
けど、盾二つを貫通し、最後の一つにぶつかってなお消滅せず、突破してきたので《白雪之剣》で叩き切った。
――――けれど。
《白雪之剣》は粉々に砕け散り、両腕に走る衝撃で激痛が走る。
「…………っ」
この威力、本当に油断できない。《必中魔弾》、これは恐らく威力を調節できる。さっきメアリーを守れたのは、ゼロが込めたジェネシスの総量が少なかったから。
本気の一撃を見誤り、防御を突破され心臓、頭にでも当たったら即死だ。
《武御雷神》――タケミカヅチ――
「クソが……」
《難攻不落》――ナンコウフラク――
ゼロに向かって空から白き落雷が迸る。
――――が。
「はあああああああッッ!」
シスターが必死の形相で叫びながら両手を空へかざし、ありったけのジェネシスを込めている。
バリバリバリバリと、凄まじい轟音とともにゼロを守っていたひし形のバリアは砕け散り、ゼロに落雷が直撃する。
「――――ッ」
十分の一程度まで雷の量は減少していたけれど、それでもゼロに直撃した。
節制訓練をしていた成果で、《武御雷神》の威力を調整することができていた。さっきまでの戦闘で使っていた《武御雷神》は全力とは程遠い微力なもの。だからこそ、“全力の一撃”の力をゼロは見誤り、防御に回すジェネシスをも見誤ったのだろう。
奇しくもさっきのゼロの《必中魔弾》と同じ現象。それが私の番ではなく、ゼロの番で発生したのは幸運としか言いようがない。
Fランクを、シスターを、ナメ過ぎた。致命的な油断……。
「セリカ、今よ! 今、今しか!! 今しかない!!」
シスターの声で、我に返る。
シスターは《武御雷神》に両手をふさがれ、ジェネシスの全てを込めていて、身動きが取れない。ここで動けるのは……私だけ……っ!
「セリカ!!」
「ぐ、ぅぅぉぉぉおおお……ッ!」
ゼロは《武御雷神》を食らいながらも、自身にジェットブラックジェネシスを身に纏わせ始めている。体勢を立て直しているのだ。
「セリカ!」
――――無駄かもしれないけどこれだけは言っておく、四周目。ゼロは殺しなさい。なるべく早い段階で。
過去の私の忠告が脳裏に木霊する。
――――次に百鬼零を目にしたとき、一切の躊躇をせず白雪の剣で処刑せよ。
いつかの命令が、心の中で木霊する。
「…………」
私の心の中から、躊躇や迷いが嘘のように消えていく。
それから、信じられない光景が広がっていた。
何故?
かつてピュアホワイトだった頃、《守護聖女》で消した筈なのに……っ!
私の両腕にインディゴブルーの鎖が具現化していた。
《白雪之剣》――シラユキノツルギ――
私の両腕に巻き付いた青の鎖は、私を導くように能力を発動させた。
私は一切の躊躇なく、ゼロの首へ青き鎖を纏った《白雪之剣》を叩きつけた!
刃を振り下ろし、断頭まであと数センチーーーー
《自在転移》――ジザイテンイ――
《紆余曲折》――ウヨキョクセツ――
「――――それは困るな。ゼロに死なれるのは困る」
「いい様ね」
禍々しく紫の渦が空中に現れ、そこから透といばら姫が現れる。
何らかの異能力を使われたのか、私の《白雪之剣》は見えない何かに弾かれ、青き鎖も消滅してしまう。
さ、最悪だ……。
これは想定していなかった。
今、この状況で、この透と先輩といばら姫を同時に相手取るのは……っ。
「……クソが、何いきなり現れてんだよ、お前ら」
「やっぱり心配でね。君が死ぬ確率が急に跳ね上がったから来ちゃったよ」
クスクスと透は微笑う。
「アンタはまだ利用できる。私の《全理演算》に感謝することね」
「ちっ……」
「――――さて。君にとっては久しぶり。僕にとっては初めまして。白雪セリカ」
透は妖しく微笑し、私を見つめる。
「透……っ」
ゼロの援軍として現れたのは、どこまでも因縁深い私の対極の相手……。
――――透だった。