第14話 七番目の月⑧【白雪セリカ視点】
《聖女抱擁》――セイジョホウヨウ――
まずはメアリーを癒す。
それから、全体を見回して状況を把握する。
黒き天使の輪を持つ先輩と、ボロボロのメアリー。
眼下を見ると、住宅街が崩壊していた。
相当酷い能力の使い方をしたのか、眼下の景色は地獄だった。
「あああああああんっ! ああああああ!」
子供が死んだ母親らしき亡骸にすがりついて、泣いている。
「うるせえな」
《必中魔弾》――ヒッチュウマダン――
先輩が能力を発動すると、子供の頭が吹き飛び、一瞬で静かになった。
まるでゴミクズのように人を殺せてしまう……これが、今の……。
「ちっ、時間切れか」
先輩が忌々し気に舌打ちすると、黒き天使の輪にヒビが入る。
メアリーの「マイナス10」は「マイナス8」になり、先輩の「マイナス8」は「マイナス10」になる。そしてゆっくりと天使の環は崩れ落ち、消滅した。
「……せん、ぱい」
「お前が、SSSを超える存在か?」
先輩は私のことを覚えていないようだった。
冷徹な目で私を見据えている。
「……先輩、わ、私は――――」
《紫電一閃》――シデンイッセン――
《白雪之剣》――シラユキノツルギ――
先輩は何の躊躇も無く、私に能力を発動した。
黒き雷が閃光のように私へ向かってきたので、反射的に《白雪之剣》で無効化した。
「……キモい呼び方をするな、俺はゼロだ。SSSを超えるだかなんだか知らねえが、もう旧人類の時代は終わりにする。目障りだ。忌まわしい過去の自分と決別するついでに、黒以外の全ての人間を殺してやるよ。所詮は運だけで成り上がってきたゴミどもの世界だしな」
「先輩……」
言葉が、出てこない。
何かを言おうとしても、何を言ったらいいのか分からない。
「下がって、セリカ。こいつに何を言っても無駄。アンタじゃ無理……私が、私がやるから……っ」
いつの間にか交代したシスターが私と先輩の間に割って入る。
「アンタにこいつは殺せない! でも、こいつはアンタを殺せる! だから……っ」
「……っ」
――――無駄かもしれないけどこれだけは言っておく、四周目。ゼロは殺しなさい。なるべく早い段階で。
――――やるしか、ないの?
本当に?
もし、そうしたとして、この先、本当に“救い”なんてあるの?
私、私は――――
「おいおい、なんだよお前。良い感じに現れたと思ったら、殺気も覇気も無い腑抜けか。くだらねえ……。こんな雑魚がSSSを超える? 寝言は寝て言えカス」
《監禁傀儡》――カンキンカイライ――
私の首に何かが巻き付こうとして、勢いよくシスターに弾き飛ばされ、その何かはシスターの首に巻き付く。
「……っ、ぁ……」
シスターは足をバタバタさせ、首に巻き付いた鎖を両手で握る。
私の、私のせいだ……私を庇ったせいで、防御できなかったんだ……っ。
「な、なんで……」
シスターは私の身代わりに、身を挺して私を……。
「仲間を見殺しにすんのか? ヘタレだな、おい。まぁいいそこで見てろ。お前のお友達がクソと小便漏らしながら死体になる瞬間をよ」
「……っ」
アンリを生き返らせなければ、先輩を殺して元通りにできたのかもしれない。絶対に思ってはいけない筈の悔恨はしかし、Gランクへの決意で捻じ伏せる。
分かった、分かったよ……。仕方ない……仕方ないね……。
「……あなたは生け捕りにする。両手足を斬って、永久にジェネシスを剥奪して……閉じ込めて……監視する……」
先輩を殺す覚悟は決まらない。
でも、見過ごすこともできない。
「もうあなたは先輩じゃない。ゼロ、私が……あなたを止めるよ」
私はシスターに巻き付いた鎖に、《白雪之剣》を叩きつけ、鎖を打ち砕く。
「駄目、セリカ、アンタは……こいつと戦っちゃ……っ」
シスターは何を恐れているのか、かつてない程に苦し気な声を出して私を止めようとする。しかし首をやられたダメージが抜けないのか、思い切り咳き込んでいる。
私はシスターをかばう様に前に出て、ゼロへ向かって《白雪之剣》を構える。
ゼロは不敵な笑みを浮かべ、唇を開いた。
「ハッ、ようやくやる気になったか。来いよ! 殺してやる」
「……っ」
ゼロの黒と私の白が混じり合い、その死闘は始まってしまう。
――――こうして、四回目の運命が始まった。