第14話 七番目の月⑦【白雪セリカ視点】
(……起きて。起きて)
「……?」
誰かの声がする。ゆっくりと起き上がると、アンリが眠っていた。見覚えの無いスマートフォンが転がっていて、一瞬状況把握が遅れる。
シスターが……いない!
「じ、時間は――――」
(まだ大丈夫だよ。でも時間は無い)
「……?」
また、声だ。夢じゃない。
声の方向には、誰かがいた。“小さな私”じゃない。
姿は透けていて、まるで幽霊のよう。いつの間にか私の目の前に“ソレ”はいた。
「あなたは……」
彼女は、私と全く同じ容姿だった。
(初めまして。四周目の私)
唇は動いているのに、声はチャネリングだった。
「……過去の、ループ前の私?」
(そう。正確に言うと私はただの《残留思念》)
「発動条件不明の能力、《残留思念》……。どうして、このタイミングで?」
(“6つの死亡フラグ”が開始する直前に、“私”は起動する。一つ目の死亡フラグ、“黒い雨”がそろそろ始まるから)
「…………黒い雨」
(何をどう足掻いても、ゼロを殺す以外に私自身が黒い雨の発動を止めることはできなかった。他の能力者に頼るしかない。きちんと、今回も過去をなぞり、そうしたみたいだね)
「……ね、ねえ。全部教えて。私は、何故3回も時間を巻き戻すことになったの? “そこまで”酷い未来がこの先待っているってことだよね?」
(過去をなぞるだけでは同じ結果になるだけ。あなたの質問全てに、私は迂闊に答えることはできない。そして、私自身の保有するジェネシスと起動時間にも限界値があり、あまり長くあなたとお話している時間は無い。でも、死亡フラグの種類によって全て出現時間も、質量も計算してある。一回目の起動の役割は、ただあなたを黒い雨に間に合わせることだけ。私のことはナビゲーターだと思って、あまり依存しないでね)
まるで融通の利かないスマートフォンのアラームのように、彼女……私は言う。
「……Gランクは、実在するの?」
(この手に……一瞬だけ……。掠めることはできた……。でも……)
“私”は遠くを見るように目を細め、それから諦念じみた笑みを浮かべる。
「……でも?」
(――――無駄かもしれないけどこれだけは言っておく、四周目。ゼロは殺しなさい。なるべく早い段階で)
「……っ」
(もう時間切れ。あなたの“豪運”と検討を祈るわ。“次”の死亡フラグで、また)
そう言って、私は嘘のように消えてしまった。
“私”は、まるでこの世の全てを見てきたかのような悟った目をしていた。
私は……絶望を乗り越えてきたつもりだ。
命を賭けて抗い続けて、ここまで来たつもりだった。
……でも。
余りにも“かけ離れ”ている。
ループ前の私と、ループ後の私。
ダウングレード戦略……これは本当に最適解だったのだろうか……?
「……っ」
迷ってはいけない。それは、今までとこれからの全てを否定する行為だ。
――――人間は、自分の信じたいものしか信じることができない動物だ。
透の忌まわしい言葉を思い出す。けど私は首を横に振る。
構わない。信じ抜くことでしかたどり着けない場所もある。私は、そう思う。
唇を噛み、私は決意を新たにする。
「アンリ、起きて」
「……セリカ?」
アンリはよほど快眠だったのか珍しく、寝ぼけた顔をしている。
「シスターがいない。独断専行したんだと思う。それにもう時間が無い。行かなきゃ、間に合わなくなる」
「……ちょっと待って。私、まだ準備が残ってて」
目をこすりながら、アンリは言う。
「一つ目の死亡フラグに間に合わないかもしれない。これよりも大事なこと?」
「長い目で見れば。それに、一つ目の死亡フラグはあなたとカナちゃんがいれば多分なんとかなると思うし」
「分かった。じゃあ私は先に行くよ。場所は後でチャネリングで教える」
「ごめん。すぐ追いつくから」
「OK」
私は返事をし、能力を発動する。
《気配察知》――ケハイサッチ――
「……なんて、禍々しい」
気配だけで震えそうになる。透とも違う。これは、この気配は……。
アンリと別れ、いったん私は《幻想庭園》を出て気配の方へ全力疾走した。
♦♦♦
そして、私は――――
《必中魔弾》――ヒッチュウマダン――
《粉雪水晶》――コナユキスイショウ――
《守護聖盾》――シュゴセイジュ――
「……プラス10の運……だと。お前は……いや、そうかお前が……」
――――先輩と再会した。